PEP
No. 2005-001

全国の小中学校の耐震化をすすめよう

一橋大学 政策大学院 助教授 山重慎二


私たちは学校を自分たちで作るわけではありません。でも、もしそれがとても弱いものであれば、地震が起こったときに壊れて、私たちは死んでしまいます。どうして私たち子どもたちが、壊れやすい学校のために死ななければならないのでしょう。それは、私たちの過ちではなく、学校を建てた人たちの過ちです。お父さん、お母さん、そして先生、私たちのために安全な学校を建てて下さい。
 〜ネパールの学生ソニーからの手紙〜(注1)

 これまで世界各国で、耐震性の低い校舎のために、数多くの子どもたちの命が奪われてきた。近年だけでも幾つもの例を見いだせる。1997年、ヴェネズエラでは、2つの学校が崩壊し、46人の生徒の命が奪われた(写真)。2002年、イタリアの San Giuliano では、地震により小学校が壊れ、29人の子どもと1人の先生の命が奪われた(写真)。2003年には、トルコの Bingöl では、3つの新しい学校と学校の寮が中規模地震にみまわれ、数多くの子どもたちが寝ている間に亡くなったという(写真(注2)

 耐震性の低い校舎の崩壊によって、幼い子どもたちの命が奪われてしまうという事実は、社会に深い悲しみをもたらす。しかし、そのような事故の発生は、今後とも無くなりそうにない。この問題に警鐘を鳴らす OECD の報告書 School Safety and Security: Keeping Schools Safe in Earthquake は、次のように述べている(注3)

私たち専門家は、世界中の学校が回避可能な設計・建築上の問題のために崩壊し、子どもたちの命が奪われるという予測可能で受け入れ難い悲劇が起こることを、不当なことだと考えます。利用可能な知識を、学校の地震への安全性を確保するために用いなかったために、過去2〜30年だけでも、何千人もの学校の子どもたちの命が奪われました。さらに多くの命が奪われなかったのは、たまたま学校の時間外に地震が発生したからに過ぎません。問題の所在を明らかにする行動がすぐにとられないならば、さらに多くの子どもたちと先生の命が奪われることになるでしょう。現在利用可能な技術を用いれば、リーズナブルな期間と費用で、この問題を解決することができるのです。
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 今年7月8日、文部科学省は、日本の公立小中学校の校舎や体育館など約13万棟の耐震化率が51.8%にとどまっているとの調査結果を公表した。地震多発国である日本においても、今なお公立小中学校の約半数の校舎や体育館の耐震性に疑いがもたれている状況にある。

 この報道から3ヶ月ほど遡る平成17年3月、文部科学省は、「耐震化の推進など今後の学校施設整備の在り方について 」と題する報告書を作成している。この報告書は、私も途中から参加することになった「学校施設整備指針策定に関する調査研究協力者会議」によって取りまとめられたものである。そこでは、次のような事実が指摘されている(注4)

 近年、全国各地で大規模な地震が発生しているが、学校施設において直接的に子どもの生命を脅かすような事態は免れてきた。これは、平成 7 年の兵庫県南部地震、平成 15 年の宮城県沖を震源とする地震、宮城県北部を震源とする地震、十勝沖地震、平成 16 年の新潟県中越地震のいずれもが、その発生時間が、偶然にも子どもが学校にいない時間帯であったことによる。
 しかしながら、学校施設は多大な損害を受けており、兵庫県南部地震において倒壊、大破など甚大な被害を受けた建物は、昭和 56 年以前の文教施設 (175 棟) のうち 26% (45 棟) あった。また、これらの震災においては、倒壊、大破など建物構造上の甚大な被害とともに照明器具、天井材等の落下や家具の転倒などにより、通常の学校における教育活動はもとより、地域住民の避難所としての使用に耐えない被害を多々受けており、それは児童生徒、地域住民に大きな不安を与えたのである。

 ここには、日本でも、上述の OECD 報告書の専門家が指摘する問題が潜んでいることが明らかにされている。すなわち、日本においても、子どもたちが日々過ごし、また災害時には近隣住民の避難場所ともなる学校に、倒壊や大破の危険性が潜んでいることが明確に指摘されている。さらに、上記の報告書では、耐震性が確認されていない建物のうち、約3分の1は、倒壊・大破の危険性が極めて高いとの推計結果も紹介されている。

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 なぜ、日本で、学校の耐震化が進まないのだろうか。以下で説明するように、公立学校施設の設備については、基本的に設置者である地方公共団体が、国からの補助を受けながら、整備することになっている。この制度的な仕組みにも耐震化が進まない理由の1つがあるのだが、より本質的な理由は、学校の耐震化には予算が必要であり、特に政治家にとっては、そのような「まさか」のための支出よりも優先度が高いと思われる支出が数多くあるからだと考えられる。実際、多くの政治家は、自分の任期中には地震は起こる確率は極めて低いと考えるため(注5)、他の支出を切り詰めて、地震に備えた支出を行うことに優先度を与えないと考えられるのである。

 この点から見逃せない問題は、多くの自治体において、学校施設の耐震性に関する調査さえ行われていない所が多いということである。以下の図に示されているように、現在、耐震性に問題があるとされている昭和56年以前に建築された学校施設が約3分の2あるが(図1中の紫色の部分を除く領域)、そのうちの半数以上の施設が耐震性診断をうけていないという状況なのである(図1中の黄色い部分)。


(クリックすると拡大された図が見られます)
出所)「耐震化の推進など今後の学校施設整備の在り方について 」 2005年3月, p.6。

図1:平成16年度公立学校施設の耐震改修状況調査による耐震化の状況

 確かに、耐震性の調査にも予算が必要ではあるが、問題は予算の問題というよりは、むしろ耐震性がないことが明らかになった場合のことを危惧してのことであるように思われる。つまり、そのような場合には、大きな予算をかけて耐震化を行っていかなければならず、政治的に好ましくない状況が生まれるため、耐震性調査を行うことにさえ消極的になるのだろうと思われる。

 さらに問題の速やかな解決を困難にしているのが、国からの補助金制度の複雑な仕組みである。国からの補助率は、現在、新増築に対しては2分の1、改築に対しては3分の1となっている。しかし、これに加えて、地方負担のうち地方債で調達された部分の元利償還については、交付税の算出の際、一定割合が基準財政需要として繰り入れられるため、実際には、新増築に対しては 80%、改築については 73.3%が、国からの補助によって賄われることになっている。

 一方、耐震補強などの工事費については50%の補助金が与えられるのみとなっている。従って、地方としては、古くなった学校施設等については、耐震補強などを行うよりは、補助率の高い新築 (建替え) を順次行っていくことが望ましいという補助金構造になっているように思われる。こうして、古い校舎などが耐震補強も受けずに、耐震性に疑問が残るまま利用され続けるという状態が続いていると考えられるのである。

 しかし、国・地方ともに巨額の公的債務が累積している現在、高額の財政負担を要求する学校施設の新築は財政的に難しい状況になっており、発想の転換を図らない限り、この危険な「待機状態」が相当長い期間にわたって続いてしまうのではないかという危機感を国は持っているようである(注6)。そして、この間に、大きな地震が発生したら...。

 報告書は、日本全国で大規模な地震が発生する確率に関する地震調査研究推進本部地震調査委員会の推計を紹介している。そこでは、今後 30 年以内に大規模地震が発生する確率は、例えば、東海地震は 84% (参考値)、東南海地震は 60%程度、南海地震は 50%程度、日本海溝・千島海溝周辺の海溝型地震のうち宮城県沖地震は 99%であると評価されている。また、今後、発生が危惧される首都直下地震では、死者 1.1 万人、避難者 700 万人という中央防災会議の専門調査会の推計も紹介している。

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 読者の皆さんの住む地域の学校施設の耐震化率は、どれくらいであろうか。報告書は、都道府県ごとの集計結果を以下のような図2で示している。


(クリックすると拡大された図が見られます)
出所)「耐震化の推進など今後の学校施設整備の在り方について 」 2005年3月, p.7。

図2:昭和56年以前に建築された公立小中学校施設の耐震化・耐震診断の状況

 この図では地域ごとにかなり大きな格差が見られる。この格差がどのような要因によって説明されるのかという問題は、それ自身、興味深い研究テーマであるように思われるが、近年、大きな地震が発生した地域において、耐震化率および耐震診断実施率が極めて低い地域があることは、問題の根深さを示している。

 地震多発国である日本において、学校施設の耐震化や耐震診断が十分行われていないという驚くべき実態について、まず国民に広く知ってもらうことが重要であると私たちは考える。住民・国民からの声のみが、地方および国の政治家を動かすことができる力であり、「地震に強い安全な学校」が日本で着実に整備されるための計画と制度改正を可能にするからである。特に、学校関係者や子どもたちを学校に送り出している親の声は重要だろう。

 さらに、これまでの地震の被災地からの報道からもわかるように、学校は地震が発生した時の重要な避難場所でもある。特に、出来るだけ自宅から近い場所で避難生活を送りたいという人々の希望は強く、地域内の身近な場所にある学校施設が被災の際の重要な拠点となることは自然なことである(注7)。従って、「地震に強い安全な学校」は、決して子どもたちの命を守るためだけに重要なのではなく、すべての住民の安全を確保するためにも重要である。

 また近年では、非常時だけでなく、日々の生活の中でも学校を地域の拠点と位置づけて、子どもたちの教育への地域の関わり、そして子どもたちの地域への関わりが、より自然な形で行われるようにしようという試みも欧米では行われている(注7)。そして、たとえ子どもたちの命が奪われるという最悪の事態が発生しなくても、学校の崩壊や破損は、震災後の子どもたちの教育に遅れと支障をきたす。社会的費用・便益分析の観点から見ても、「地震に強い安全な学校」を作ることは、大きな社会的便益を持つと考えられる。

 このような視点から、上記報告書を取りまとめた「学校施設整備指針策定に関する調査研究協力者会議」は、向こう5年間に、まず、耐震性が確認されていない建物のうち倒壊・大破の危険性が極めて高い約3分の1の建物について、最優先で施設の耐震化と質的整備を「改築」という費用面での効果の高い手法で進めて行くというアクションプランを提示した。そのために必要となる予算は3兆円程度ではないかとの試算も紹介されている。この費用は決して小さいものではないが、現在でも公立小中学校施設に毎年2兆円近い経費が支出されている(借り入れの元利払いも含む)ことを考えると破格の予算ではない。まず子どもたちの安全を確保することに最大の優先度を置き、改築という費用効果の高い手法によってその目的を実現するという発想の転換を図れば、OECD の報告書が指摘するように「リーズナブルな期間と費用で、この問題を解決することができる」のである。

 今後、私たちは、700兆円を超える巨額の公債のみならず、500兆円を超えると言われた年金債務を少しずつ返済して行かなければならない。そして、その負担の多くは、今の子どもたちと、これから生まれる子どもたちに押しつけられていくのだろう。残念ながら、それが、現在、日本において進行している財政改革の実態である。そして、それだけの借金をして、学校で多くの時間を過ごす子どもたちの安全を守るという本当に基本的なことさえ出来ていない現状がある。

 「お父さん、お母さん、そして先生、私たちのために安全な学校を建てて下さい」というネパールの学生ソニーの願いを、すべての子どもたちの願いとして真剣に受け止めたい。尊い子どもたちの命が奪われる前に。


(注1)
OECD School Safety and Security: Keeping Schools Safe in Earthquake, 2004, p.20 より抜粋(筆者訳)。
(注2)
OECD School Safety and Security: Keeping Schools Safe in Earthquake , 2004, p.10。写真は、上掲書のプレスコンファレンスで紹介されたもののリンクである。
(注3)
OECD School Safety and Security: Keeping Schools Safe in Earthquake, 2004, p.230 より抜粋(筆者訳)。
(注4)
「耐震化の推進など今後の学校施設整備の在り方について 」 2005年3月, p.5。写真も同ページからの切り抜き。
(注5)
このような楽観的期待(wishful thinking)に基づく行動は、政治家だけのものではなく、人間に共通のものであるように思われる。例えば、私たちの生活においても、自宅の耐震化や地震保険の購入などを行っておくべきであるが、多くの人々が、そのような備えを行っていない。しかし、そのことは、政治家が学校の耐震化を着実に進めないことを正当化するものではない。客観的な費用便益分析を行い、優先度をつけて、学校を初めとして病院や公共施設など(特に地震が発生した際に重要な役割を担う建物)の耐震化を計画的に進めていくべきである。
(注6)
実際、築30年以上の学校施設は10年前と比べると3.4倍以上になっており、今後、整備需要が急速に高まることが予想されている。「耐震化の推進など今後の学校施設整備の在り方について 」 2005年3月, p.38。
(注7)
全防災拠点に占める学校施設の割合は約64%となっている。「耐震化の推進など今後の学校施設整備の在り方について 」 2005年3月, p.6。
(注8)
そのような取り組みについては、また別の機会に紹介してみたい。とりあえず、関連する文献として、OECD (1996) Making Better Use of School Buildings および OECD (1998) Under One Roof: The Integration of Schools and Community Services in OECD Countries, などを紹介しておきたい。

2005年8月2日(加筆)

文部科学省は、7月22日、幼稚園の耐震化に関する調査結果を報告した。そこでは、調査対象となった公立幼稚園の54.5%、私立幼稚園の45.4%の建物の耐震性が確認されていないことが明らかにされている。保育所の耐震化については、現時点では全国的な調査は行われていないようであるが、いくつかの自治体の調査結果は、保育所でも幼稚園と同じような状況にあることを示唆している。さらに幼い命が、回避可能なリスクにさらされていることに憤りさえ覚える。