PEP
No. 2009-001

公営バス事業の効率化を促すためには

一橋大学 国際・公共政策大学院 公共経済プログラム 竹内俊文 

高齢化社会において、自家用車などの私的交通機関の利用が困難な高齢者等の移動の自由を保障することは重要な課題となっている。そうしたなか、地方公営企業法に則り設立され、行政の責任により交通サービスを提供することで公共性・安定性を確保する役割を担っている公営バス事業に期待される面は今後も更に増すと考えられる。

しかしながら、モータリゼーションの進展や定時性の喪失等によりバス離れが加速したことで、その利用状況は年々減少傾向にあり、厳しい環境に置かれている(注1)。図 1に示した年間輸送人員と旅客運送収益の推移をみてみると、2006年度においては両指標ともピーク時の約半分にまで減少していることが確認できる。

図 1:輸送人員と旅客運送収益の推移


出所)総務省自治財政局『地方公営企業年鑑』より筆者作成

また、財政問題が顕在化するとともに、公営バス事業の高コスト体質や非効率経営が問題視されている。バス事業は労働集約型産業であるため、費用構成のうち職員給与費の占める割合が高く、2005年度においては68.1%が職員給与費で占められている。 図 2に示した走行キロ当たりの職員給与費の推移より職員給与費の官民格差をみてみると、職員給与費の是正がなされているものの、依然として民間バス事業者の給与水準と比べて高いことが確認できる。そのため、慢性的な赤字体質から脱するためには職員給与費の是正の果たす効果は大きいと考えられる。

図 2:走行キロ当たりの職員給与費の推移


出所)国土交通省「平成17年度乗合バス事業の収支状況について」より筆者作成

こうしたなか、経営の効率化や活性化のためには民間的経営手法の導入が極めて有効であるという観点から、多くの事業者において今後の公営バス事業のあり方が検討されている。

現在、主に検討されているサービス提供の組織形態としては、事業移譲による民営と外部委託である。しかし、民間への業務移譲にあたっては影響を受ける利害関係者が多数存在することから、その実現は困難を極めることが多く、現在行われている取り組みの多くは外部委託である。

図 3に示した外部委託の実施状況をみてみると、多くの事業者において業務を契約によって外部委託することで経営の効率化に努めていることが確認できる(注2)。公営バス事業者が民間バス事業者と比べて高コスト体質であることから、外部委託を実施することにより比較的大きな経費削減効果が上げられている(注3)。そのため、外部委託は高コスト体質の改善に適した施策であると言えるであろう。

図 3:外部委託の実施状況

出所)総務省(2004)「地方公営企業の経営基盤強化への取組状況(調査結果)」より筆者作成

また、バス市場は公平性や公正性の実現のために規制が行われてきたが、内部補助の経済的非効率性や、事業者に対するインセンティブが十分に機能しないこと等から規制の根拠が疑問視されてきた。そして、市場メカニズムを基軸に効率性を中心とした競争を促進する政策への転換を図ることを目的として2000年2月に貸切事業、2002年に2月に乗合事業の規制緩和が施行された。

この規制緩和による主な変更点は、市場参入が免許制から許可制に、市場撤退が許可制から届出制に移行され、運賃料金が許可制から乗合事業においては上限認可・上限以下届出制へ、貸切事業においては届出制へ移行されたことである。

その結果、貸切事業においては新規参入事業者が増加したことにより競争が促進されている。その新規参入の多くはレンタカー事業の一環として参入した事業者である。また、競争の促進に伴い撤退する事業者も多く見られる。

他方、乗合事業においては、新規参入は活発とは言えない状況である。その新規参入の多くは貸切事業出身者、ないし他事業から一旦貸切事業での経験を積んだ事業者である。また、撤退する事業者が大きく増加した傾向もないため、乗合事業の市場構造はあまり変化していない状況にある。

こうした競争の促進が、永続性がある程度保証されている公営バス事業者においても効率性の改善に有効であるのかを検証するため、Yingモデルを用いて規制緩和が公営バス事業者の効率性に与えた影響の分析を行った(注4)

その結果、貸切事業の規制緩和に関しては、技術的な効率性を用いて評価すると、新規参入事業者との競争に対応するために効率化が促進されている可能性が実証された。他方、輸送人員を含めた経営的な効率性を用いて評価すると新規参入事業者との競争による利用者減少も影響して、むしろ悪化している可能性が実証された。

また、乗合事業の規制緩和に関しては、技術的な効率性を用いて評価すると、新規参入が少ないことも影響して費用削減への圧力が掛かっていない可能性が実証された。他方、経営的な効率性を用いて評価すると、事業者によっては路線整理等により効率化が図られている可能性が実証された。

つまり、永続性がある程度保証がされている公営バス事業者においても、競争の促進が非効率性の改善に有効であることが実証されたと言えるであろう。そのため、乗合事業への新規参入を促すことが今後の課題であると考えられる。図 4には、今回の推定結果と寺田(2005)等の先行研究を参考に、公営バス事業の効率化へ向けた施策の概念を図示している(注5)

図 4:公営バス事業の効率化へ向けた施策の概念図



乗合事業への新規参入者の多くが貸切事業出身者、ないし他事業から一旦貸切事業での経験を積んだ事業者で占められていること。また、推定した経済指標から貸切事業と乗合事業の兼業による費用上のメリットがないことが示唆されたことから、貸切事業の効率性の低い事業者おいては貸切事業からの撤退あるいは民間バス事業者への移譲を行うことで新規参入事業者を育てる必要があると考えられる。また、新たな新規参入のルートとして期待できる高速バス事業においても、同様の施策を講じることを検討する必要があると考えられる。

公営バス事業者の多くが、経営改善の取り組みとして外部委託を中心とした民間的経営手法を導入していることから、新規参入事業者が増加することにより委託価格が低下することは更なる経営改善に繋がると考えられる。

今後、本格的な人口減少社会の到来により利用者数の減少に拍車がかかることで更に厳しい環境に置かれ、住民の足の確保として採算性を無視してでもバス事業を維持していく必要が多くなると考えられる。このような状況の中で、効率的に事業を行っていくためには、民間等の能力を活用することにより、多様化するニーズに効果的、効率的に対応することで、経費削減とともにサービス水準の向上を図ることが必要であろう。


(注1)
国土交通省(2006)『陸運統計要覧』によると、国内旅客輸送人員シェアは1965年ではバス34%、私鉄等30%、国鉄20%と公共交通機関が約9割を占め、バス以外の自動車が占める割合は14%に過ぎなかった。しかし、2005年ではバス以外の自動車のシェアが68%にまで拡大したことで、公共交通機関のシェアは低下し、バス7%、私鉄等15%、JR(旧国鉄)10%となっている。
(注2)
運行業務、運行管理業務の委託が進んでいない理由としては、都道府県・政令指定都市では非常勤職員の活用によりコスト削減に取り組んでいること、市町村では適当な委託事業者が存在しないことなどがあげられる。
(注3)
総務省「平成17年度地方行財政改革事集(平成17年8月現在)」では、外部委託の代表的な事例として、京都市バス事業が取り上げられている。
(注4)
Yingモデルは規制緩和がなかった場合に想定される費用水準と規制緩和を経た現実の費用水準とを推定して比較し、規制緩和によって生じた費用格差を技術的効率性の変化として定義することで、規制緩和が事業者の技術的効率性に与えた効果の分析を行うモデルである。詳しくは、Ying, J. S.(1990)“The Inefficiency of Regulating a Competitive Industry:Productivity Gains in Trucking Following Reform,”The Review of Economics and Statisitics, Vol. LXXⅡ, No.2, 191-201等を参照のこと。
(注5)
寺田一薫(2005)『地方分権とバス交通-規制緩和後のバス市場-』勁草書房では、規制緩和後の地方自治体とバス市場について詳細にまとめられている。また、寺田一薫(2002)『バス産業の規制緩和』日本評論社では、海外事例と比較するかたちで規制緩和について論じられている。