PEP
No. 2009-003

地方自治体における行政評価のあるべき姿

一橋大学 国際・公共政策大学院 公共経済プログラム 菅野 開

1980年代後半以降、全国の地方自治体においてニュー・パブリック・マネジメントの潮流の下で行財政改革が進展し、その有効なツールとして行政評価は様々な地方自治体に導入されることとなった。総務省 自治行政局による最新の調査である「地方公共団体における行政評価の取組状況(平成19年10月1日現在)」によると、都道府県・市区町村における昨年度の導入率は40.9%であり、また1992年の調査開始以来着実に導入率が伸びている。特に都道府県・政令指定都市・中核市・特例市といった規模が大きい地方自治体においてはほぼ100%に近い導入率となっており、これらの地方自治体では半数以上が実施開始から5年以上経過し、制度そのものは一定の定着がなされたといえる。

図 1:地方自治体における行政評価の導入率(2007年10月1日時点)


出所)「地方公共団体における行政評価の取組状況(平成19年10月1日現在)」(総務省 自治行政局)より

しかし行政評価制度が地方自治体において導入され始めてから10年弱が経過し、早期に導入した地方自治体では様々な課題が露見し始めており、多くの先行研究においてその課題が指摘されている。代表的な課題としては、①妥当な評価指標・評価基準の設定の困難性、②予算・人 など資源配分への適用不十分さ、③評価の方法論や職員の評価スキルの不足、④行政評価制度の運用を支援する仕組み・情報システムの欠如、⑤制度の精緻化に伴う事務負担の増大などであり、制度設計から運営体制に至るまで多岐に渡っている。一層深刻であるのは、行政評価そのものの有効性を疑問視する指摘が散見され始めている点である。職員の意識改革・住民とのコミュニケーション向上など定性面での効果は多くの地方自治体より報告されているが、事務事業の効率化・行政サービスの品質向上など実質的な効果に関しては期待していたほどの実感がないというのである。

そもそも行政評価とはどういった行政経営ツールであるのか。旧自治省 行政局 行政体制整備室が設置した研究グループである「地方公共団体における行政評価についての研究会」による定義では、行政評価を「政策、施策及び事務事業について、成果指標等を用いて有効性又は効率性を評価するもの」とした上で、PLAN(計画)⇒DO(実践)⇒SEE(評価)と循環する行政サイクルの中に位置づけ、「行政の現状を認識し、行政課題を発見するためのツール」と定義している。このマネジメント・サイクルは、SEE(評価)における施策の改善をより強調して計画(PLAN)⇒実践(DO)⇒評価(CHECK)⇒改善(ACTION)と定義したPDCAサイクルとして経営学において一般的に知られている。従来の行政活動は施策立案とそれに基づく予算査定(PLAN)、事務事業の執行(DO)に注力されており、評価・改善(CHECK⇒ACTION)を余り重視してこなかった。しかし行政の目的である住民の効用最大化と具体的な行政活動である日常的な事務事業の執行を結びつける効率的な行政経営を実施するためには、立案した政策・施策・事務事業の実績・効果を分析し、分析結果を業務執行の効率化或いは今後の施策立案・業務改善に生かしていく経営的なマネジメント・サイクルの構築と効率的な行政経営を促す行政職員の動機付けとしての住民へのアカウンタビリティが不可欠である。①客観的な基準による評価、②PDCAサイクルによる行政活動のマネジメントの実現、③住民へのアカウンタビリティの3点により行政目的と実際の業務を連携させ、その結果としての住民の効用最大化を実現することが地方自治体における行政評価のキーコンセプトである。

図 2:政策のPDCAサイクルのイメージ


出所)「政策評価Q&A」(総務省 行政評価局)第二部Ⅰより

地方自治体における行政評価制度は、総務省主導で2004年12月に策定された「地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針」があるものの、この指針はあくまで地方自治体に対してアカウンタビリティ向上・PDCAサイクル構築のために行政評価制度の活用を推進させる旨が書かれているのみであり、実施を義務付ける法令や評価制度の具体的なガイドライン・評価フォーマットが提示されたものではない。そのため各地方自治体がニーズに応じて適宜条例・規則・要綱などを定め、政府の方針提示に先行して革新的な首長の下で独自の発展を遂げている。その結果、導入目的・行政経営に対する意識の成熟度に応じて導入時期・制度内容は様々であり、比較可能な統一的指標や基礎となる行政評価パッケージが存在する訳ではない。

地方自治体における行政評価の1つの大きなマイルストーンは、地方自治体における制度普及の萌芽として有名な三重県の「事務事業評価システム 」であろう。三重県の行財政改革は1995年4月に知事となった北川正恭氏(知事任期:1995年4月21日~2003年4月20日)により促進され、当時大きな問題となった「カラ出張問題」により情報公開の重要性が再確認され、住民へのアカウンタビリティを確保する仕組みの構築が急務とされた。そういった状況下で1995年7月より行政職員の意識改革から行政経営の刷新を目指す「さわやか運動」が展開され、その根幹となる行政経営ツールとして1996年より導入されたのが事務事業評価システムである。事務事業評価とは、政策の最も基本的な構成単位である事務事業を政策目的別に体系的に整理し、1つ1つの事務事業の定量的な成果目標を住民視点で客観的に設定して執行管理を行っていく行政評価の一類型 である。事務事業評価は既存の組織体系・予算体系との親和性が高いため導入が容易であり、また管理部門による統制・事務の効率化と品質担保に即効性があるため、1999年の静岡県の「業務棚卸表」など多くの地方自治体において多種多様な形態の事務事業評価が導入されることとなる。

地方自治体の財政悪化により行政運営の効率化はあらゆる地方自治体のニーズであり、既存制度との親和性の高さもあって事務事業評価は急速に普及した。前述の総務省における調査においても、行政評価を導入している地方自治体の92.4%が事務事業評価を導入している。しかし事務事業評価は事務の効率化と品質担保に即効性があるが、1つ1つ事務事業を査定する行為は評価実施部門に多大な負担を強いる事になる上に、個々の事務事業にこだわり過ぎて行政資源全体の効率的な配分よりも部分的な効率化の議論に陥りがちとなる。こういった負担感・部分最適の議論は経年実施に伴って制度疲労を起こし、大きな職員の意識改革が起こった初年度以上の効果を継続的に得ることは困難である。

こういった運営上の課題に加えて初期の行政評価に関する議論では、評価指標の学術的な適正さや住民へのアカウンタビリティに重きが置かれていた。しかし評価主体が行政/民間企業にかかわらず、評価制度の根幹は情報の産出と利用にある。評価を実施して結果を住民に公開して意見を求めるだけではただ情報が産出されるのみであり、それを分析により政策立案に利用できる情報に変換し、分析結果を経営的視点で資源配分に活用する過程がなければ行政評価は有効に機能しない。財政悪化・地方分権時代に求められる改革は、末端レベルでの事務効率化のみではなく限られた税収・行政資源を戦略的に配分することであり、従来制度における資源配分への有用性の低さが現在の行政評価に対する停滞感に繋がっているのではないか。

行政評価がある程度定着した成熟段階にある地方自治体においては、よりトップダウンの視点を重視した政策評価に力点をシフトさせることが重要であり、職員の意識改革・住民とのコミュニケーション向上という情報産出段階から評価結果の予算査定・人員管理への活用という情報利用段階へ進化させる必要がある。こういった行政評価の高度化に取り組んだ先進的な事例として代表的に挙げられるのは、福岡市が2000年4月より実施した「DNA2002年計画」の中で取り組まれた「MOVEシート」や逗子市が2000年5月に策定した「バージョンアップ2002作戦」」に基づいて導入された行政評価システムであろう。しかし本稿では筆者自身が関わった事例 である、横須賀市の行政評価システムを紹介したい。

横須賀市は2000年より行政評価システムの導入検討を始め、2002年度には事務事業評価と政策評価・施策評価をあわせた統合評価と外部評価を本格的に導入し、比較的早期に包括的な行政評価制度を導入した先駆的な地方自治体である。横須賀市の行政評価の優れた点は、①政策レベルでの評価の早期導入、②事務事業評価から3~4年に1回の事務総点検に、③評価結果を起点に次期施策案を作成、④評価結果を予算編成方針として予算査定・定員管理に活用、⑤トップダウンの経営会議である「企画調整会議」の実施などであり、全てが従来型の行政評価から脱却し、情報利用を強化して経営的観点で資源配分の効率化を目指す試みとなっている。

行政評価は行政経営ツールの1つに過ぎないが、経営資源配分の効率化・市民との協業促進・成果主義人事制度など様々な経営手法の起点となる方法論である。制度導入率を上げることも重要であるが、行政評価は導入して終わりではなく、様々な制度・行政活動の核として持続的に改善していくことが不可欠である。その際に意識されるべきは産出された評価結果をいかに経営分析に使用できる情報に加工し、その情報を用いていかに経営判断の材料となる示唆を抽出できるかであろう。