PEP
No. 2009-004

まずは認知度アップを図れ
-ソーシャルビジネスの普及に資する政策を考える-

一橋大学 国際・公共政策大学院 公共経済プログラム 篠塚友吾

明治初期の実業家、渋沢栄一氏は次のように述べている。

一個人のみ大富豪になっても社会の多数がために貧困に陥るような事業であったならばどんなものであろうか。いかにその人が富みを積んでもその幸福は継続されないではないか。故に国家多数の富を致す方法でなければいかぬというのである(注1)

近年、日本において、社会的企業、社会起業家、ソーシャルエンタープライズ、コミュニティービジネス、そして、ソーシャルビジネスといった呼称の企業が、様々な媒体を通して紹介されている(注2)。紹介されている企業(注3) に共通して言えることは、これまで別々に考えられることの多かった「社会貢献活動」と「収益の追及」を、一つのビジネスの中で同時に達成している点である(以下、便宜的にこの様な企業を「ソーシャルビジネス」と呼ぶ)。

例えば、収益力のある事業を展開するNPOや、地域や国、さらには国境を越えた社会的問題の解決を、第一義的な事業目的とする株式会社が、ソーシャルビジネスとして紹介されている。例えば、Social Ecooで紹介されている株式会社アットマークラーニングは、「不登校児童・生徒という概念をなくしたい」という設立者日野公三氏の想いを、ITを用いたビジネスモデルを構築することで成し遂げている。

このように、ソーシャルビジネスが関心を集めているのは何故だろうか。明治初期より渋沢栄一氏の様な実業家は存在したため、一国経済のエンジンである産業界から公益を担っていくという考え方自体は決して新しいものではない。したがって、ソーシャルビジネスが関心を集めている主因を、「社会貢献活動」と「収益の追及」を同時に達成していること、と捉えるのはいささか淡白であろう。

時代や集団毎に、社会における公益の捉え方は、重複すれども完全に一致することはなく、金融・流通・エネルギー等の産業基盤が脆弱であった明治初期と現在とでは、「公益」の範囲は異なる。このことを踏まえ、今日的な文脈でソーシャルビジネスが関心を集めている理由を考えると、大きく二つが考えられる。

一つ目は、国家財政の逼迫により、多様化する社会的問題に持続的に対応しうる「新たな担い手」の登場が希求されていることである。そして二つ目は、地域経済の衰退が問題視される中で、雇用吸収を伴う「新たなビジネスモデル」の創出が社会的に求められていることである。この二つの「新しさ」への社会的期待が、ソーシャルビジネスへの関心が高まっている今日的背景であり、政策的にソーシャルビジネスの普及を支援すべき理由ともなっている。

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2007年9月、ソーシャルビジネスへの社会的関心の高まりを背景とし、経済産業省は「ソーシャルビジネス研究会」を発足した。その後、2008年4月に、海外の事例も踏まえ、ソーシャルビジネスの定義、実態、今後期待される政策的取組み等を整理した報告書を公表している。さらに、これを受けて2008年8月、経済産業省は2009年度を目処にソーシャルビジネスの普及を目的とした低利融資制度の創設を発表している(関連記事)。

一般に、公的融資という政策オプションを施行する場合、政策コストを正確に把握するためには、民間金融仲介機関と同ように、融資先のビジネスモデルや事業リスクを把握する必要がある。しかしながら、現状では、成功事例の紹介や「ソーシャルビジネスとは何か」といった概念的な議論が多く、ソーシャルビジネス特有のビジネスモデルや事業リスクを分析した議論は見当たらない。

さらに、より根本的な議論に立ち返ると「ソーシャルビジネスの普及」を政策目的とした場合、現状で、資金供給という政策オプションが最も有効だと言えるだろうか。この疑問に答えるためには、支援対象企業のビジネスモデルや事業リスクを分析し、さらに、ソーシャルビジネスの資金需要を把握する必要があるが、低利融資制度の創設に際してこれらの検討が十分に為されたとは言いがたい。以下では、この点について検討し、最後に現状で最も有効だと考えられる政策オプションに関して言及する。

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紹介されているソーシャルビジネスが「生産のどの過程で社会貢献活動をしているのか」、そして、消費者は何故「ソーシャルビジネスの提供する財・サービスを購入するのか」という二つの側面から分析すると、ソーシャルビジネスのビジネスモデルを図1のように分類できる(注4)

生産面のアウトプット型とは、社会的なニーズを発掘し、その解決を「財・サービス」の提供で図ろうとするタイプのソーシャルビジネスである。つまり、生産財・サービスの提供自体が、社会的課題解決の手法となる。インプット型とは、投入財に創意工夫を加えることで、社会的課題の解決を図るタイプのソーシャルビジネスである。

また、消費面の消費者参加型とは、消費者の購入理由がソーシャルビジネスの「経営理念や事業の考え方に賛同した」ことにあり、この場合、消費者はソーシャルビジネスの提供する財・サービスの購入を通して社会貢献活動に参加していることになる。ニーズ対応型とは、ソーシャルビジネスがこれまでなかったような商品やサービスを提供することによって、消費者の利便性や満足感を高める場合を想定している。



図 1 生産・消費、両側面を併せたソーシャルビジネスの分類



図 2 生産面での分類:アウトプット型とインプット型

ソーシャルビジネスとして紹介されている企業を概観すると、Ⅱ型とⅢ型に該当する企業が多く見られる。例えばⅡ型には、冒頭で紹介した株式会社アットマークラーニング特定非営利活動法人フローレンス等が該当する。特定非営利活動法人フローレンスは、「病児保育」サービスを提供し、多忙な共働き世帯などの需要に応えている(関連記事1関連記事2)。またⅢ型には、フェアトレードカンパニー株式会社有限会社ビッグイシュー等が該当する。フェアトレードカンパニー株式会社は、途上国生産者から商品や材料を「適正な価格」で購入し、それを先進国で販売することを通して、途上国生産者の経済的自立と社会的立場向上等を果たしている。そして、消費者はフェアトレードカンパニーの提供する財を購入することで、社会貢献活動に寄与することができる。ただし、フェアトレードカンパニー株式会社の代表であるサフィア・ミニー氏が述べているように、マ―ケッティング戦略上、商品自体の競争力は非常に重要な要素であり、商品に付された社会性は購買欲を促す追加的要素だと考えられる(関連記事1関連記事2)。

では、ソーシャルビジネスと呼ばれる企業とそうでない企業のビジネスモデルに違いはあるのだろうか。このことを、図1を用いて考察する。

まず、消費面から考察する。ニーズ対応型の場合、消費者は、新しい商品やサービスによる利便性や満足感の向上を購買理由としており、この意味で、商品に付された社会性の有無は、消費者が商品やサービスを購入する際の決定要因とはならない。次に、消費者参加型の場合、商品自体の競争力に加えて、消費者の購買欲は商品やサービスに付された社会性によって高まると考えられる。すなわち、ニーズ対応型の場合、消費者の購買理由の観点からは、ソーシャルビジネスとそうでない企業に明確な違いは見られないが、消費者参加型の場合は、商品やサービスに付された社会性の有無がソーシャルビジネスとそうでない企業の違いとなる。

生産面では、インプット型にソーシャルビジネスとそうでない企業との違いが存在する。このタイプのソーシャルビジネスの場合、商品やサービスにアウトプット型の様な斬新さはないが、付加する社会性によって既存の商品やサービスとの差別化を図ることができる。すなわち、その社会性が消費者から共感を受けることがビジネスモデルとして重要な要素となる。もし、商品やサービスに付加した社会性が、販売対象となる社会の中で共感を得なければ、その商品やサービスは、それ自体の競争力のみによって消費者から評価されることになる。さらに、インプット型の場合、投入財に工夫を凝らすことで商品やサービスに社会性を付加しているため、投入財価格の変化や技術革新などが生じた場合でも柔軟に投入財の変更ができない可能性がある点も、ソーシャルビジネスとそうでない企業の違いと言えよう。消費面、生産面での考察を踏まえると、ソーシャルビジネスとそうでない企業で明確な違いが生じるのはⅢ型のソーシャルビジネスであることがわかる。



図 3 ソーシャルビジネス特有の事業リスク

図3では、ソーシャルビジネスとそうでない企業の違いを事業リスクの観点から整理した。消費者参加型の場合、商品やサービスに付された社会性が、販売対象となる社会の中で、社会的問題意識として醸成されていることがビジネスモデル上重要な意味を持つ。したがって、この問題意識の変動は収益構造に少なからず影響を与えうる。また、インプット型は、投入財の選択が硬直的である点が、ソーシャルビジネス特有の事業リスクとして考えられる。

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ソーシャルビジネス研究会報告書によれば、現状では7~8割のソーシャルビジネスが自己資金を用いて事業活動を行っていることがわかる。また、ソーシャルビジネス研究会の委員でもあった永沢映氏(注5) は、創業時の90%以上が「自己資金の範囲」で創業しており、多くのケースが「ローリスク・ローリターン」を目指している身の丈ビジネスであると述べている(永沢映氏のブログ)。

確かに、ソーシャルビジネスが関心を集めている背景から考えても、「新たな」分野でソーシャルビジネスが創業され、それらが初期投資資金を必要とする可能性も考えられる。しかしながら、日本政策金融公庫の国民生活事業(旧国民生活金融公庫)の新規開業ローンでも、既に様々な資金需要に対応しており、現状ではソーシャルビジネスに特化して融資枠を設ける必要性は薄いと考える。

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ソーシャルビジネスであるか否かに関わらず、事業活動には様々なリスクが伴う。特に、創業期や小規模企業の場合は、そうしたリスクに対して脆弱である。日本におけるソーシャルビジネスは、まさに萌芽期であり、ソーシャルビジネス研究会が実施したアンケート(結果はp.31-46)の対象はほとんどが小規模企業であった。

このようなことから、小規模企業全般への政策的支援の方向性(平成11年9月22日中小企業政策審議会答申)は、同ようにソーシャルビジネスにも適応されるべきであろう。その一つとして、小規模企業ゆえに生じる資金制約の緩和が挙げられるが、資金需要の小ささ、ソーシャルビジネス特定の困難さ等から考えても、新たに独自の枠組みで公的融資を行う有効性は必ずしも高くないだろう。

では、ソーシャルビジネスの普及を目的とした場合、既存の小規模企業政策の枠組みとは別にどの様な政策が有効であろうか。まず注目すべきは、ソーシャルビジネス特有の事業リスクである。Ⅲ型ソーシャルビジネスの事業リスクである「社会的問題意識変動リスク」は、もしその社会的問題が、国や地域のコンセンサスを得ている(得る可能性が高い)ものであれば、政策的にリスク軽減策を実施するべきであろう。そのためには、ソーシャルビジネス研究会報告書でも述べているように、まずはソーシャルビジネスの行っている事業を広く社会全般に認知させる必要がある。それを通じて、商品やサービスに付している社会性を消費者が認知する機会は増加し、社会のコンセンサスに適うものであれば社会的問題意識は醸成していく。さらに、Ⅲ型に留まらず、広報活動は消費者に与える影響以外にも、その斬新なビジネスモデルを広く共有し、追随する起業家を育てる意味でも重要となる。

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平成20年12月、経済産業省は、ソーシャルビジネスの広報啓発事業等を企画・立案・実施するとともに、全国規模でのソーシャルビジネス関係者が協力して行う活動等のあり方の検討・提言を行う場として「ソーシャルビジネス推進イニシアティブ」を立ち上げた(関連記事)。広報活動の一環として、今後、全国規模のフォーラムの開催、ポータルサイト(Webサイト)の開設等が予定されているが、一般消費者の認知度アップを図らなければ、特にⅢ型のようなソーシャルビジネスの普及は難しい点に留意して施策を進める必要がある。

平成20年版国民生活白書(pp.39-56)では、諸外国と比して日本におけるフェアトレードの認知度が極めて低いこと(注6) を指摘している。ソーシャルビジネスの普及を図るには、「斬新なビジネスモデルを追随する起業家に伝える」といった産業政策的視点だけではなく、「一般の消費者にソーシャルビジネスの提供する商品やサービスへの認識を広める」といった消費者政策的視点が不可欠であろう。


(注1)
渋沢栄一著・渋沢青淵記念財団竜門社編(1986)「渋沢栄一訓言集」国書刊行会、参照。
(注2)
ソーシャルビジネスの概念は欧州において1990年代より議論されている。Austrian Institute for SME Research(2007)によれば、現在、イギリス、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、ベルギーなどの欧州諸国が、ソーシャルビジネスに関連する新しい法律を制定している。
(注3)
例えば、斉藤槙(2004)「社会起業家-社会責任ビジネスの新しい潮流」岩波新書、谷本寛治(2006) 「ソーシャルエンタープライズ-社会的企業の台頭」 中央経済社、町田洋次(2000) 「社会起業家-「よい社会」をつくる人たち」 PHP新書、Darnil Sylvain et Le Roux Mathieu(2005) ”Homme Pour Changer Le Monde” JC Lattes ( 永田千奈訳(2006) 「未来を変える80人-僕らが出会った社会起業家」 日経BP社)などを参照。
(注4)
以降の議論に関する詳細は Consulting Report を参照。
(注5)
特定非営利活動法人コミュニティビジネスサポートセンター代表理事。
(注6)
「フェアトレードを知らない」と答えた人が57.1%であった。なお、OECDの調査によれば(調査)、フランスでは74%の人がフェアトレードを認識していると答えている。