PEP
No. 2009-005

医療の質はどう評価されてきたのか〜アメリカ合衆国を参考に〜

一橋大学 経済学研究科 公共政策プログラム 三上 裕介

アメリカ合衆国のGDPに占める総医療費支出の割合は15.3%(2005年)であり、他国と比べてもかなりの高水準となっている(フランス11.1%、ドイツ10.7%、日本8.0%)。また、医療支出の総額も約1.9兆ドルで(フランス約0.20兆ドル、ドイツ約0.27兆ドル、日本約0.29兆ドル)、これは国民1人1人がそれぞれ年間約6,400ドルを医療に費やしていることを意味する。

このため、アメリカの現在の医療制度は、膨大な支出に見合った成果が伴っていないという意見がある。ただしこれにはアメリカ固有の文化・ライフスタイルの影響や、多額の医療投資によって世界の医療技術を常にリードしてきた事実も当然あるが、医療に費やされている費用が結果に直結していない問題が、現在浮き彫りになっている。


出所) OECD Health Data 2007より作成
注) フランス、ドイツは2003年、韓国は2002年、その他は2004年の数値
①人口10万人あたりの死亡数、②人口1,000人あたりの死亡数、③BMI>30、
④単位:リットル/年

図1:各国の疾病死亡率と健康状態

上記の表からもわかるように、アメリカ国民の健康状態は他国に比べても良好とは言い難い現状にある。平均寿命(77.8歳)や乳幼児死亡率(6.8)は先進国の中でも低い部類に属しており、またアメリカ国民の3分の1は肥満の部類に入り、3分の1は太りすぎであることもわかっている。そのためか、60歳以上の糖尿病比率は年々上昇傾向にあり、肥満体質が多くの病気を誘発していることを深刻に考える必要がありそうである。

アメリカの医療制度の特徴としては、基本的に医療サービスの提供が民間部門に任されていることがある。その弊害として裕福な人間はより多くの保険に加入できるが、一方で貧しい人間は保険に入ることすらできないことが挙げられる。そのため、保険未加入者への最低保障として公的医療制度(Medicare および Medicaid)も存在するが、その制度への財政支出の増加や、急性疾患から慢性疾患への移行や遺伝子技術の進展等も、医療制度のゆがみの一因ともなっている。

また、専門医に支払う診療報酬(Doctor-fee)や入院時の室料・看護料(Hospital-fee)等は他国に比べて高額で、かつ報酬の金額については医療提供者側に多少の決定権があるために病院・専門医によって異なり、医療サービスの大きなばらつきを生み出している。

このような医療の現状を踏まえた上で、アメリカでの医療評価の動きは1940~50年代から徐々に進行していた。1950~60年代には第3者機関(JCAHO)によって、アメリカで初めて病院の診療機能を公式に評価する動きが始まっていた。そこでは、資格審査や書類の適切性が評価の中心に置かれ、医療評価の3要素(Structure、Process、Outcome)の中でもStructure 評価に重点を置いていた。70~80年代になると、医師・病院によって診療行為にばらつきが多分に含まれているという報告が多く挙げられた。そのために、病気に対する最適な医療サービスとは何かということについて盛んに研究が行われた。90年代は、不明確で非公式な診療ガイドラインが各地で横行するようになったため、統計手法を利用してEvidenceに基づいたガイドライン作成やレポートの作成に力を入れ、医療行為の質を維持しようとする動きが見られた。

これらの経緯により、現在のP4P制度導入が進められてきたのであるが、このP4P導入の背景には、医療の質低下への強い懸念があった。IOM(Institute of Medicine)は1999年の報告書で、院内死亡増加の主要因は医療ミスであり、理想的医療水準と現実の医療水準には大きな隔たりがあると警告し、その是正のために効率的な医療提供者へ経済的インセンティブを与えるシステム導入を検討し、医療改善を図ることが重要と指摘している。

また、医療の質向上への提言としては、医療ミスの強制的報告システム確立と有害事象の情報収集を早急に進めることや、パフォーマンス指標は患者の安全性を中心に、客観的に設定されるべきであること、民間・公的にかかわらず、医療従事者に安全性向上を啓発するようなインセンティブ付与が望まれること等が挙げられている。

以上のようにIOMにより提唱されている、医療におけるP4P(Pay for Performance)とは、「EBM(Evidence Based Medicine)に基づいて事前に設計された業績水準や臨床指標等を用いて、病院・診療所・臨床医の医療行為を客観的に測定し、質の高い医療提供者に対してボーナス(診療報酬加算等)を給付するプログラム」のことである。このプログラムの目的は、医療資源を効率的に活用する(無駄を極力減らす)経済的インセンティブを、医療提供者(病院や臨床医、診療所等)へ付与することであり、これにより医療の質向上や医療資源適正化、医療行為の透明化等の付随効果が期待される。

このようなP4P制度の導入はアメリカをはじめ、イギリスやカナダ、オーストラリア等の欧米諸国を中心に普及していると同時に、包括払い制度(DRG-PPS)の導入も進行している。アメリカでは2005年12月時点で、官民合わせて約160以上ものP4Pプログラムが始動しており、このプログラムで約5,000万人の国民がカバーされている。また、イギリスではブレア政権下で多額の医療費を投入して、医療の質向上を図っており、旧来の人頭払い・出来高払いに加えて第3の診療報酬体系としてP4P型の報酬体系(QOF)を導入した。

アメリカでは、アメリカ保健省の1機関であるCMS(The Center for Medicare and Medicaid Services)がPremier社と共同で新しいプログラム、Premier Hospital Quality Incentive Demonstration Project(以下Premier Project)を開始させた。

このPremier Projectは2003~6年の時限プロジェクトで、年間30症例以上を保持している262病院を対象としている。評価対象となる疾病は急性心筋梗塞・心臓バイパス手術・心不全・肺炎・股膝関節置換術の5疾病となっている。評価基準は34指標(process評価27+outcome評価7)を用いて行い、評価方法は各年で成績上位10%の病院に対して診療報酬2%増のボーナスを、上位20%に1%増のボーナスを与え、また3年目において初年度の下位10%点(成績)を下回る病院に診療報酬2%減のペナルティを、下位20%点を下回る病院に1%減のペナルティを与えるものである。

このプロジェクトで、ボーナス水準に達した123病院に初年度に約900~8.4万ドルが支払われ、3年間で合計約2,500万ドルがCMSの財源から病院等へ診療報酬加算された。また、診療の平均スコア(成績)は心不全が64.5→82.4、肺炎が69.3→85.8のように、プログラム導入後に一定の改善を見せている。

イギリスでは従来、人頭払い(Global Sum)と出来高払い(Enhanced Service)が基本となる診療報酬体系であったが、この2つに加えてQOF(Quality and Outcome Framework)が2004年より第3の診療報酬体系として導入された。QOFでは10疾病・146指標各々に目標を設定して診療報酬ボーナスを与える方式となっている。評価は、指標ごとに達成目標とする患者の割合を事前に設定して、成績に比例してポイントが加算されるスライド点数方式となっていて、それを146指標全て合計して(最大で1,050ポイント)、1ポイントにつき175ポンドがGP(General Practitioner:開業医)へ加算給付される(参照)。

この制度でGPの収入は平均で約2.3万ポンド(約30%増)となり、導入後コレステロール低下やアスピリン使用率、インフルエンザ予防接種率等の指標で約3~8%のスコア改善が報告されている。

まとめると、欧米(特にアメリカやイギリス)では、医療分野へのP4P導入に肯定的であり、質の改善に結び付けている事例も多く、インセンティブを与えるためにも診療報酬へのボーナス給付が大半で、財源確保が必要不可欠となっている。但し、基準となるパフォーマンス指標のほとんどがprocess指標であり、院内死亡率等のoutcome指標の導入には未だ多くの障害が残されている。またP4P関連の文献をレビューした論文や、効果そのものを検証した論文は多く発表されているが、対象疾病や観察期間、サンプル数や公平性等の要素が不十分であり、有効性・有用性を断言するには至っていないのが現状である。

さて、このようなP4Pプログラムは日本にも影響を与えており、近年の医療改革において質の評価を盛り込んだ提言がなされている。2008年2月1日の中央社会保険医療協議会(通称:中医協)の総会において、「回復期リハビリテーション病棟に対する質の評価の導入」が検討されている(参照)。 この目的は、高齢化による脳卒中患者増加に対応するために回復期リハビリの用件に居住への復帰率や重症患者受け入れ割合を質の評価として導入することで、医師の専従配置を緩和することである。

上記において、診療報酬増加の条件は以下の3点となっている。1つ目は当該病院から居住等へ退院する患者が一定割合(60%)以上いること、2つ目は新規入院患者のうち、重症患者が一定割合(15%)以上含まれていること、3つ目は重症患者について、退院時に日常生活機能が回復している患者が一定割合(30%)以上いることとなっている(参照)。

ただし、医療評価を報酬と結びつける試みは、日本では初めてのことであり、また上記のような Outcome 評価は世界的に見ても少数派と言える。そのため専門家からは、この日本へのP4P制度導入は難しい問題を含んでいるため、試行的実施を強調して後の検証対象にすべきという意見や、特定地域・施設でのモデル事業を行うという段階的プロセスを飛ばした、全国レベルでの乱暴な社会実験であるという意見も出ている。この制度に関しては慎重に検証を行う必要があると考えられる。

以上、医療保険におけるP4P制度導入の背景と現状を考察してきたが、最後に本格的に日本の医療保険制度へP4Pを導入するならば、どのような過程で、どんな周辺環境の整備が必要となるかを、私見として述べることとする。

まず、P4Pへの移行プロセスであるが、①IT関連のインフラ整備を実施して、医療関連情報の集中的収集基盤を作り、②医療従事者(病院、診療所等)に診療関連のデータを報告させ、それらの報告に対して一定のボーナスを給付する(P4R:Pay for Reporting)。そのうえで、③収集されたデータから、最適な医療プロセスのガイドラインを作成し、④上記のガイドラインを元にパフォーマンス指標(Process評価重視)を作成し、診療報酬加算システムを導入する(P4P:Pay for Performance)。

そして、上記の移行プロセスと並行して、

  • IT関連のインフラ整備(レセプト100%電算化等)
  • 第3者機関による監査メカニズムの構築
  • 長期的・持続的な医療投資資金の確保
  • EBMに基づく、パフォーマンス指標の作成
  • 「賢い」消費者の育成(良い医療従事者を見極められる等)
といった、医療環境の整備・構築が必要になるであろう。

なお、本稿の基礎となる具体例や参考文献、さらに詳しい議論などについては、筆者の consulting report を参照して頂きたい。