PEP
No. 2010-002

医療政策:MRIは余っているのか?

一橋大学国際・公共政策大学院 公共経済プログラム 法坂千代 

 「医学のサービスが最も組織的に行われる場が病院であるが、わが国の病院は近代病院と称すべくあまりに程遠いものが多い現状にある。とくに設置すべき最新医療機械の面においては量的にきわめて貧弱であり、ために折角の医術もこれを十分に活かすことができないうらみがある。」これは昭和33(1958)年科学技術白書における記述である。

 それから約50年、2009年OECD Health Dataが、「日本は人口100万人あたり40.1台のMRIスキャナーを保有しており、ずば抜けて多い。OECD平均は11.1台である」と指摘するように(注1)、わが国は最新医療機器台数でトップレベルを誇る国となった(図表1)。

図表1:人口あたりMRI台数と医師数


 それでは、機器はどれほど活かされているのだろうか。

 MRI(磁気共鳴装置:Magnetic Resonance Imaging)とは、CT(コンピュータ断層撮影:Computed Tomography)などと並ぶ画像診断機器の一種で、高額医療機器の代表例である。図表1のように、わが国の医療提供体制は物的資源への投資が非常に多いという特徴をもつが、機器についてはその稼働率の低さが指摘されており(注2)、過大投資が懸念される。このような機器に対する投資の非効率性は、医療機関にとって過重な負担となる上、医師誘発需要などによる不要な検査を誘発する可能性があることも否めない。現在、わが国では高額医療機器の導入に対しては制限がなく、導入の意思決定は医療機関に委ねられているため、このような投資の非効率性を是正するインセンティブが働きにくい状況にある。

 わが国のMRI設置台数は、1982年の導入以来増加の一途をたどっており、2008年には6016台に達した(図表2)。

図表2:MRI設置台数の推移


 このようなMRIの急速な普及の背景には、わが国の医療提供体制の特性があるが、その一例として資本投資に対する規制をあげたい。図表3は医療供給体制の国際比較を示したものであるが、諸外国では、当初は病床と医療機器の両方を規制対象としているのに対し、わが国では病床のみを対象としている。例えば、フランスでは、1970年の病院改革法において医療地図が導入されたことにより、医療提供のための施設が設定され、病床および高額医療機器については国の定める整備指標に従って設置されることとなった(注3)。また、アメリカでは、医療計画によって州政府が医療サービス施設の拡大や高額な医療機器の導入を規制できるような仕組みとなっており、各州政府は、新規の医療サービス、施設、設備が、当該地域の医療計画であるCON(Certificate of Need)プログラムに合致する場合のみ支出を認めている(注4)。一方、わが国では地域医療計画の導入当初より現在に至るまで病床のみを規制対象としており、このような規制のあり方は、医療機器など他の生産要素への代替投資を招く可能性があると指摘される(注5)

 
図表3:医療供給体制の国際比較


 MRIの急速な普及はわが国だけでなく諸外国にもみられる現象である。そのため、アメリカをはじめ、韓国やイランなどを対象にその導入要因に関する研究が蓄積され、導入の主な要因として、病院への償還額の支払い方式、病院の属性や規模、地域特性などが報告されている。また、わが国を対象とした研究では、漆 (1998)(注6)が、「画像診断機器が病院間の競争手段の一つとして機能していることを示唆する」という結論を導いている。

 しかし、医療資源の有効活用には、このような「なぜもつのか」の分析に加え、「もった機器をどう生かしているか」の分析も重要であるが、導入された機器の機種や稼働状況にまで踏み込んだ研究は極めて少ない。わが国の医療施設はその開設主体や規模が多様であるため、MRIの導入という一様な投資行動であっても、その目的や導入に至る意思決定プロセス、活用方法は大きく異なると考えられる。

 そこで、筆者は全国のMRI保有医療機関に対するアンケート調査を実施し、医療機関がMRI導入時に重視した点、他の医療機関に対する意識(導入時に他の医療機関を参考にしたかどうか)、医療施設の属性や規模などが導入機種や稼働状況にどのように反映されているかを検証した(注7)

 まず、主な結果をクロス表に示す。図表4は、医療機関がMRI導入時に最重視した点を病床数別に示したものである。いずれの規模の施設も「医療機能」が最多であったが、2番目に多い項目では相違がみられ、300床未満の施設で「採算性」、300床以上の施設で「院内ニーズ」であった。図表5は、医療機関がMRI導入時に最重視した点を施設の属性別に示したものである。病院はいずれも「医療機能」、診療所は「患者ニーズ」が最多であった。しかし、2番目に多い項目をみると、医育機関と公立病院は「院内ニーズ」、公的病院、民間病院および診療所は「採算性」と相違がみられた。

 
図表4:病床数別にみた最重要ポイント


図表5:施設の属性別にみた最重要ポイント


 次に、導入の意思決定プロセスや地域特性などをコントロールした上で、これらの意識が、機種選定や稼働状況にどのように反映されるかを分析し、主に3つの結果を得た。

 第1に、導入時の最重要ポイントとして「患者のニーズ」を回答した施設の検査件数は最も少ないとの結果である。これらの施設は患者のニーズに応えることを第一義としていると考えられるが、実際の検査需要は十分とはいえない状況が推察される。

 第2に、「対外イメージ」を最重視した施設は高機能の機種を選定する傾向があるとの結果である。これらの施設は、新規の患者獲得をめざし、より高機能な機種を選定することで他の医療機関との差別化を図っていると考えられる。

 さらに、病床数別にみると、20床以上200床未満の施設は、診療所に比べて検査件数が少ないもしくは変わらないとの結果を得た。病院は、診療所よりも高次の医療機能を担うことが期待されているにもかかわらず、小規模の病院では診療所よりも検査需要が得られず、非効率な稼働状況にあることが示唆される。

 ただし、このような結果の解釈には、医療機能だけではなく、交通事情や疾病構造など医療機関の立地する地域の特性に十分留意する必要がある。

 以上の結果より、機器の導入に対して制限のない現在の設置状況は、資源配分の観点から問題のあることが示唆された。しかし、最適な医療資源の組み合わせを明らかにできていない以上、上記の施設における機器への投資が過剰かどうかについては留意が必要である。また、MRIへの投資行動から医療機関の異質性も認められる。つまり、MRIの導入という一様な投資行動であっても、その主目的は、臨床上の理由以外にも、医師の確保、院内のニーズへの対応など様々である。これは、医療機関の同質性を前提としたような従来の医療政策が適切とはいえない可能性を示唆しており、今後は、このような医療機関の多様性や異質性を十分に考慮した政策を議論する必要があるだろう。

(注1)
原文は、“In 2005, Japan had by far the highest number of MRI scanners, with 40.1 units per million population. The average number of MRI scanners in OECD countries was 11.0 per million population in 2007”である。
(注2)
南部鶴彦 (2005)「医療機器の内外価格差に関する調査研究」厚生労働省科学研究費補助金政策科学推進研究事業(平成15‐16年度総合報告書)は、「米国では24時間のフル稼働状態が多いといわれるのに対して、日本での稼働率は全体として相対的に低い状況にある」と指摘する。二木立 (1993)「MRI(磁器共鳴装置)導入・利用の日米比較-日本でのハイテク医療技術と医療費抑制との「共存」の秘密を探る (2) -」『病院』第52巻12号(1101-1105頁)は、わが国のMRI1台1週当たり平均検査件数は日本の35.7件に対してアメリカは68件であることを指摘し、「この理由は、主としてMRI1台当たりの稼働時間の違いである。日本では一部の施設を除いて、MRIは職員の通常勤務時間のみ稼働しているのに対して、アメリカでは大半のMRIが職員の2交代制で稼働している。3交代制で24時間稼働している施設すら存在する」と述べている。
(注3)
医療経済研究機構 (2007)「フランス医療関連データ集」
(注4)
財務省財務総合政策研究所 (2009)「持続可能な医療サービスと制度基盤に関する研究会」報告書
(注5)
漆博雄 (2004)『医療経済学』東大出版会
(注6)
漆博雄 (1998)「画像診断機器の保有量についての実証分析」『医療と社会』第8号, pp.109-119
(注7)
調査の設計などの詳細は筆者のConsulting Reportを参照のこと。