PEP
No. 2010-004

CDM(クリーン開発メカニズム)活用による地球温暖化対策の推進

一橋大学 国際・公共政策大学院 公共経済プログラム 遠藤幸一

 2009年9月22日の国連気候変動サミットの開会式において、鳩山首相は2020年までの温室効果ガス排出削減目標を「1990年比で25%」と表明し、我が国の温暖化防止に向けた更なる努力を継続して行うことを誓った。また、鳩山首相は演説で、経済発展に伴い温室効果ガスが急増中の中国やインドなど途上国を主要な排出国と位置づけ、「削減に努める必要が大きい」と指摘。一方、温暖化による干ばつや洪水などの被害を受ける島国などに対しては、「これまでと同等以上の資金的、技術的な支援を行う用意がある」と述べ、日本の支援拡大を約束した。〜朝日新聞 (2009年9月22日付け) より(注1)

 麻生政権時代では2020年までの温室効果ガス排出目標を「1990年比で8% (2005年比で15%) 」と設定していたが、鳩山政権では温室効果ガス排出削減目標を麻生政権に比べ、1990年比で17%も引き上げた。この鳩山政権の掲げた「1990年比で25% (2005年比で30%) 」という温室効果ガス排出目標には、産業界などから異論・反論が相次いだ。特に、国内の排出削減対策のみでこの目標を達成するのは厳しいとの指摘が多い。しかし、地球環境産業技術研究機構 (RITE) の茅陽一氏によると、鳩山政権の掲げた排出削減目標は実現可能だという(注2)

 では、具体的にどうすれば良いのであろうか? 茅陽一氏によれば、国内の温室効果ガス排出目標を実行できる範囲に下げるべきだと指摘している。鳩山政権の掲げた排出削減目標では、国内の排出削減対策のみならず、海外での削減活動(排出権取引の活用、クリーン開発メカニズムを通じた途上国支援など)(注3)も利用可能である。特に、途上国の排出削減に対して日本が技術的・資金的援助をすることで、途上国から我が国へと排出権が移転し、低コストで国内の温室効果ガス排出目標を下げることが可能であると指摘している。

表1:温室効果ガス排出削減の中期目標実現に向けた方策


(出典) 財団法人日本エネルギー研究所    

 表1は温室効果ガス排出削減の主な国内対策を示している。国内において温室効果ガスの排出削減目標を達成するには、表1にあるような産業ごとの取り組みが最低限必要となる。また、2005年比30%減 (鳩山政権目標)を実現するためには、2005年比15%減 (麻生政権目標) に比べ、表1にある全ての産業ごとの取り組みをより強化する必要がある。表1より、鳩山政権目標を国内対策のみで実現するのは相当厳しいことが伺える。茅陽一氏が指摘するように海外から温室効果ガスの排出権を購入・移転することで、国内の温室効果ガス排出目標を下げることも一つの有効な手段だといえるだろう。

 では、どのような制度を通じて海外から排出権を購入・移転することができるのだろうか? 一つの方法としては、京都議定書第17条が定める排出権取引制度 (Emission Trading: ET) を活用することが挙げられる。ETとは国や一地域で温室効果ガス総排出量の目標水準を設け、その総排出量を過去の温室効果ガス排出実績などにしたがって、排出主体(主に政府や企業など)に排出権を与えたのち、個々の排出主体間での排出権の市場取引を認める制度である。EU域内ではEU-ETSという排出権市場があり、現在1t-CO2(注4)あたり15〜30ユーロ(日本円に換算すると2000円〜4000円)で排出権が売買されている。また、日本政府は海外から年間約8000万トンのCO2排出権 (日本円で換算すると年間約2000〜4000億円)を購入しており、排出削減目標のうち6%を排出権購入分に充てている。

 二つ目の方法としては、京都議定書第16条が定めるクリーン開発メカニズム (Clean Development Mechanism: CDM) を活用することが挙げられる。CDMとは先進国(投資国)が途上国(ホスト国)内で温室効果ガスの排出削減プロジェクトを実施するとき,その結果生じた削減量に基づいてクレジット(排出権)が発行され、ホスト国を含めたプロジェクト参加者間で排出権が配分される制度である.また、CDMは途上国開発の一つの方法論であり,京都議定書第12条2項において,CDMプロジェクトは途上国の持続可能な開発に値するものでなくてはならないとされている。

図1:将来のCO2排出量の見通し


(出典) 地球環境産業技術研究機構 

 図1は先進国と途上国の2050年までのCO2 排出量見通しを示している。図1によると、発展途上国全体の排出量は2050年に現在のおよそ2倍になると考えられる。特に、中国やインドは経済成長と共に今後もCO2 排出量を伸ばすと予想される。また、2050年には中国、インド、アメリカ、及びアメリカ以外の先進国の排出量が世界全体の排出量の70%を占めるようになる。つまり、世界全体の排出量を削減するには、先進国内だけでなく途上国内で排出削減対策を行なうことが重要である。CDMは先進国と途上国が協力して温暖化対策を行う新たな政策手段として,世界各国から注目を浴びている.途上国側からのCDMプロジェクト受入れのニーズが高いのも事実である。2009年の10月までに全てのホスト国において、1,835件のCDMプロジェクトが登録されている。しかし、CDMプロジェクトを実施するためには複雑な手続き(注5)を経る必要があり、CDMプロジェクト実施には様々なリスクと取引費用(注6)が障害となっていることが一般に指摘されている。

 筆者は2009年〜2010年にかけて実施した研究において、取引費用が投資国のCDM実施にどのような影響を与えるかという点について分析した。具体的には、CDMプロジェクトにまつわるホスト国での取引費用と、その国で行われるCDMの規模 (CDM件数など) がどのような相関関係にあるのかを回帰分析を通じて明らかにした。そして、分析結果からホスト国別の公共サービスの質とホスト国別のCDM件数の規模には正の相関があることがわかった。つまり、公共サービスの質が高い国ほど、その国で実施されるCDM件数の規模は大きくなる傾向にある。

 CDMプロジェクトはその手続きの複雑さがDisadvantageであり、先進国は発生する取引費用の大きさも考慮しながら、慎重にプロジェクトを実施するホスト国を選ばなければならない。筆者が行なった実証分析によると、公共サービスの質が高い国ほど、その国で発生する取引費用は小さくなる。よって、先進国がCDMプロジェクトを行なう際にはホスト国の統治効率性(注7)の指標も参考にすべきであろう。そして、取引費用の発生を抑えることで、CDMプロジェクトの費用対効果も大きくなる予想される。

 日本は「鳩山イニシアティブ」と題する環境戦略の中で、途上国の持続可能な成長を資金的・技術的援助を通じて支援するとしている。また、途上国支援の基本姿勢として、「官民共同による資金援助」が必要不可欠としている。環境省では現在、「コベネフィットCDMモデル事業(注8)」を推し進めている。コベネフィットCDMモデル事業とは、CDMプロジェクトを実施しようとしている国内のプロジェクト実施者に対して環境省が初期投資費用の2分の1を補助する制度である。公的資金が民間投資の呼び水となる仕組みづくりを進めることが、今後「鳩山イニシアティブ」を実行する上で重要である。また、CDMプロジェクトにおいて発生する取引費用を抑えるためにも、公的資金を通じたプロジェクト事業者の資金援助制度の整備が重要となるだろう。

(注1)
朝日新聞(2009年9月22日付け)で紹介されている鳩山首相演説の全文より、一部抜粋。
(注2)
日経BP 「Eco-Japan〜成長と共生の未来へ〜」で紹介されている記事より、一部抜粋。
(注3)
富士通総研「民主党25%削減目標に見るCOP15へ向けての我が国戦略」では、自国のみで削減活動を行なったケース(自主削減のみ)と海外での削減活動を含めたケース(海外削減活用)の双方のシミュレーションを行い、その分析結果から、海外削減活用により日本の産業への負担や温室効果ガス削減費用が大幅に低下することを示唆している。
(注4)
EU-ETSとは、2005年度にスタートした世界初の排出権取引システムであり、第1約束期間(2005年~2007年)、第2約束期間(2008年~2012年)、さらに5年間ごとの期間で実施される。なお、(二酸化炭素トン) とは、二酸化炭素その他の温室効果ガスの排出・吸収・貯蔵等の量を,相当する温室効果をもつ二酸化炭素に換算した単位
(注5)
経済産業省「CDMプロジェクトのフロー」では、CDMプロジェクトの詳細な事業の流れが掲載されている。
(注6)
取引費用とは1937年にコースが名付けた費用の概念であり、コースの言う取引費用とは取引のために交渉相手を探すための費用、交渉を行うための費用、専門家にコンサルティングをしてもらう費用、交渉の結果得られた合意を保ち続けるための費用、時間の消費や資源の消費などの機会費用など、権利移転に伴って発生する幅広い費用のことを指している。 経済産業省「CDM/JI事業のファイナンス等に係る諸論点の整理」では、CDMプロジェクト実施における取引費用リスクの記述が掲載されている。
(注7)
世界銀行「Worldwide Governance Indicators(2009)」では、国別の統治効率性についてのデータが掲載されている。
(注8)
環境省「コベネフィットCDMモデル事業」では、コベネフィットCDM事業についての詳細な記述が掲載されている。