PEP
No. 2010-005

「移転価格税制」に注目!

一橋大学 国際・公共政策大学院 公共経済プログラム 益山純一

 新聞を読んでいると移転価格税制に関する記事がときどき載っていることに気づく。ここ最近で金額が大きいものだと、2006年の武田薬品やソニーなどが移転価格税制に基づく更正処分を受けている。

 武田薬品の場合、アメリカにある子会社との医薬品の取引が対象となった。アメリカで得られた利益を日本の武田薬品とアメリカの子会社とで配分するとき、日本の武田薬品側に分けられた利益が過少であるとして処分を受けている。その対象となった所得金額は1223億円、追徴税額は571億円である。

 ソニーの場合は、在米子会社とのゲーム事業に関する取引が対象となった。このケースで対象となった所得金額は744億円、追徴税額は約279億円とされている。

 直近でも移転価格課税に関するニュースが報じられた。2010年2月に国税不服審判所がTDKに課せられた移転価格課税の一部処分を取り消す判断を下したというものである。この判断により、かつて指摘された所得金額の約213億円のうち約141億円の処分が取り消された。

 これらのニュースを見ると、対象となる金額の大きいことが目につく。また、報道を見る限り、これらの会社は更正処分を不服として異議申し立てや日米二国間相互協議の申請を行っているケースが多いことも興味深い。

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 このように、しばしば新聞紙上をにぎわせている移転価格とはいったい何であろうか。移転価格税制は租税特別措置法第66条の4に規定されており、その内容としては「法人と国外関連者との取引価格が独立企業間価格より過大過少であった場合には、独立企業間価格で取引が行われたとみなして課税する」というものである(注1)。つまり、企業が国外関連者間の取引価格を調整することによって税率の低い国に利益を集め、課税を回避する行為を対象としている。

 実際の適用状況を見てみると、昨年の移転価格課税額は270億円であり、件数は111件である。ここ数年の課税額は1000億円から2000億円台であったため、昨年は最近の傾向にしては低い水準である。一方、件数は100件台で推移している。

図表1:日本での移転価格課税額・件数の推移


出所)国税庁ホームページ(注2)
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 1986年度の税制改正によって日本に導入された移転価格税制は、時代の変化や納税者の要望にあわせ、大小様々な改正がなされている。大きなものでは、事前確認の採用や取引単位営業利益法(TNMM)の導入、「移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」の公表などがある。

 事前確認は1987年に採用されたもので、納税者の予測可能性を高めるために税務署長等が事前に確認や相談を受ける制度である。ケースごとに独立企業間価格を考えなければならない移転価格税制は、どうしても予測が困難になりがちであるという事情が背景にあると考えられる。昨年の事前確認制度の申請件数は130件、処理件数は91件である。10年前から比べるとそれぞれ4倍以上の増加であり、事前確認制度が活用されている現状が読み取れる。

図表2:日本における事前確認制度の申請件数・処理件数の推移


出所)国税庁ホームページ(注3)

 また、相互協議を伴う事前確認の処理事案に関しては、業種別の内訳が国税庁から公開されている。それによると91件のうち製造業に関するものは64件あり、全体の約7割を占めている。特に自動車などの輸送用機械や、機会製造業の件数が多い。

図表3:2008年度相互協議処理事案件数の業種別内訳


出所)国税庁ホームページ

 TNMMは、基本三法に劣後する方法として2004年に導入された。TNMMとは大雑把にいって、法人や国外関連者の営業利益と、同業種の企業が非関連者間で取引している場合の営業利益を比較するやり方である。これは特許権やノウハウといった無形資産の移転が問題として重要度を増してきた状況に対応したものであるかもしれない。OECDのような世界の大きな流れに沿ったものとして見ることもできる。また、TNMMは公開情報を用いて適用することが比較的容易であることも評価されたのであろう。

 参考事例集は国税庁により2007年に公表された。移転価格税制は取引によって状況がことなるため個別に対応しなければならない。しかし、ケースごとに状況が異なるからこそ、明確な基準をただ1つ示すということが困難という問題もあった。そういう背景のもと、状況をある程度モデル化した参考事例集が公表された。これにより、国税庁がどのような基準のもとで判断を行っているかが垣間見え、納税者の予測可能性を高める一助となったであろう。

 たとえば、事例22では残余利益の分割要因について書かれている。移転価格課税の方法の一つである残余利益分割法では残余利益の分割という過程があるが、何が分割要因となるのかが分かりにくいという指摘がなされていた。参考事例集ではそのような分割方法について、国税庁がどのような考え方を持っているのかを示すとともに具体的な例を挙げてイメージしやすいようになっている。

図表4:無形資産に貢献すると考えられる費用の一例


出所)国税庁「移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」

 こうして移転価格税制の現在に至る経緯をいくつかピックアップしてみると、社会の状況に合わせて柔軟に対応していることが見て取れる。また、独立企業原則を尊重する現在の移転価格税制では事案ごとに個別対応していく必要があるが、それに伴う予測可能性や透明性の問題が常に議論されてきたと言えるかもしれない。

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 そんな移転価格税制の最新トピックとして興味深いのは、2009年にOECDが移転価格ガイドラインの一部改正案を提示したことと(国税庁での紹介)、2008年に移転価格関連の裁判で初めて国税庁側が敗訴した判決が出たことの2つであろう。

 OECDの改正案では、取引単位の利益法に関する記述が大きく変わり、その信頼性も以前より認める方向になっている。もちろん従来の基本三法の重要性は引き続き確認されている。ただ、基本三法ほど厳密な比較を行わなくてもよい方法である利益法を強く意識しているのは、無形資産取引の問題が議論されるようになった昨今の傾向を反映しているのかもしれない。また、比較対象取引の選定に当たっての具体的なステップや、利益分割法での分割方法についての具体事例を用いた検討など、より課税のイメージが沸くような記述があることも特徴的である。

 国税庁側敗訴の判決が初めて出たことも興味深い(そもそも、移転価格に関連する裁判の判決はわずか数例である)。この事件の判決では、国税庁側が選んだ比較対象取引が適当でなかったと判断されている。また、その選定が正しいかどうかは国税庁が証明する必要があることも示された。この判決によって、企業側・課税当局側の出方に変化が出ることが予想される。企業側は今回の裁判を参考にして国税庁との裁判の闘い方を学び、裁判を有利に進めようとするであろう。一方、国税庁は今回の課税執行の不備を改善する動きにでるだろう(注4)

 今後も移転価格税制関連の判例の蓄積により、移転価格の予測可能性が高まるとともに、それを踏まえて企業や国税庁がそれぞれの立場から移転価格税制に関わる対応を洗練させていくといった状況が予想される。現在はまだ判例もわずかであるが、今後の判例蓄積により移転価格税制を巡る状況は、現在とはまた違った様相を呈することになるかもしれない。

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 OECD改正案に見られるように、社会の動きと密接にかかわる移転価格税制は、状況の変化に合わせて制度を見直す動きがよく見られる。また、現在は判例が少ない移転価格税制は、今後の判例の蓄積によって企業・国税庁の対応も大きく変化していくだろう。

 OECDの正式な新ガイドラインの発表や、今後の判例の蓄積など、移転価格を巡る動きは今後もあわただしいだろうと思われる。そのような移転価格に関するニュースを追い、背景にある状況やそれによっておこる変化を考えることは、とても興味深いであろう。

(注1)
独立企業間価格とは、企業と非関連業者との取引価格のことである。
(注2)
グラフの作り方は、NERA (2008)『移転価格の経済分析』中央経済社を参照。
(注3)
同上。
(注4)
太田洋・手塚崇史 (2009)「アドビ移転価格事件東京高裁判決の検討」『国際税務』等を参照。