PEP
No. 2010-006

国境を越える物流インフラ整備

一橋大学 国際・公共政策大学院 公共経済プログラム 飯田牧代

はじめに

 近年、東南アジア諸国連合(Association of South-East Asian Nations:以下、ASEAN)の経済成長は著しく、ASEAN全体の実質GDPは年々増加を示しており、2007年のそれは約2兆8,530億米ドルであった。

 ASEANが全体として高い経済成長を示している一方で、その構成国であるミャンマー、カンボジア、ラオスは後発開発途上国(Least Developed Countries:LDC)(注1)に認定されており(2005年2月末現在)、インフラの未整備や教育・衛生面において人材や制度が不十分であるという問題、貧困の問題等を抱えている。

 今後、これらの国々が後発開発途上国から脱却し、持続可能な発展を遂げていくためには、上記に掲げた問題に総合的に取り組んでいくことが必要である。そして、こうした取り組みが、ひいてはASEAN地域全体の発展による市場価値の向上に繋がると考えられる。

 ラオスはASEANの中でGDPが小さく、後発開発途上国であり、さらに内陸国という不利な地理的条件にあるため、これまでタイやマレーシアといった他のASEAN諸国ほど注目されてこなかった。しかし、国境を越える(以下、越境)物流インフラ整備という視点に立った場合、内陸に位置するラオスの役割は極めて高い。なぜなら、仮にラオスが自国やメコン地域、ASEAN地域全体の開発に積極的でなければ、いくら周辺国が発展しても、広域な物流インフラを整備することは容易ではないからである。ラオスが積極的に越境インフラ整備に取り組むことで、輸送ルートの選択肢を増やすことが可能となるのである。

 一方、日本は東アジア地域に対する二国間政府開発援助額が先進国の中で最大であり(注2)、対国際政策として当該地域に積極的に関与していくことが求められる。2009年は日メコン交流年(注3)であり、鳩山由紀夫現首相は同年11月6日、日本・メコン地域首脳会議第1セッションに出席し、カンボジア、タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオスのメコン地域5ヶ国を対象として、2009年以後3年間で、5,000億円以上の政府開発援助(Official Development Assistance:以下、ODA)を拠出すると表明した。鳩山現首相は同会議において、(1)ハード、ソフト両面のインフラ整備、 (2)オールジャパンとしての官民の協力・連携の強化、(3)地域横断的な経済面での制度整備を3本の柱として推進する意向を示している。

 本調査は、現地調査と文献調査に基づいている。調査期間は2009年5月4日から2009年5月11日で、ラオスの公共事業運輸省、投資省、およびJICAラオス事務所にヒアリング調査を行った。


メコン地域における越境物流インフラ整備

◆ 域内統合に向けた経済回廊整備

 メコン地域における越境物流インフラ整備は、メコン地域の経済協力プログラム(Greater Mekong Subregion:以下、GMS)の枠組みの中で進められている。GMSは、1992年にアジア開発銀行(Asian Development Bank:以下、ADB)のイニシアチブにより開始された地域経済協力プログラムであり、中国、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムがその加盟国となっている。現在、GMS内で特定されている経済回廊は、南北回廊、北東回廊、北部回廊、東回廊、中央回廊、東西回廊、北西回廊、南部回廊、南部沿岸回廊の9つである(ADBウェブサイトより)。

 国境を越える交通インフラ整備、とりわけ物流インフラ整備は、GMS域内の物資の流れを活発にするだけでなく、経済波及効果をもたらし、内陸国かつ後発開発途上国であるラオスにとっても今後の経済発展に大きく寄与すると考えられる。

 こうしたハード面の整備のほか、物流インフラ整備には通関手続き、検疫、出入国管理を簡素化し、輸送時間を短縮させるといったソフト面の整備も不可欠である。GMSでは、2007年3月に、越境交通協定(Cross-Border Transport Agreement:以下、CBTA)がGMS全加盟国により署名された。CBTAは、ヒト、モノの流れを円滑にするために、通関や検疫、出入国に関する越境手続きを簡素化し(注4)、国境を越える旅客交通制度や国際通過貨物の取り扱い、国境を越える交通に資する道路車両基準、商業運送権の交換、インフラ基準を包括したものとなっている。

 GMSの枠組みの中で、こうしたハードとソフト両面による物流インフラの整備が進めば、陸上貨物輸送への期待が大きくなる。事実、2006年12月に日本の円借款により完成したタイとラオスを結ぶメコン川に架かる第2メコン国際橋の開通により、タイのバンコクからベトナムのハノイまでの輸送時間は、海上輸送で2週間かかるのに対し、陸上輸送では3〜4日となっている(注5)

◆ 東西回廊と第2メコン国際橋

 東西回廊は、ミャンマーのモーラミャイン(ミャンマー中南部の都市)からミャンマー、タイ、ラオスを経由し、ベトナム中部のダナン港までの全長1,450km の陸路回廊である。このうち、近年、先進国を始めとした諸国が、タイ〜ラオス〜ベトナムの区間を有望視し、当該地域に投資を盛んに行っている(注1)

 東西回廊上の第2メコン国際橋(全長1,600m、2車線の橋梁)は、2006年12月、日本の円借款により完成した。この第2メコン国際橋の架橋により、東西回廊が連係されることになり、フェリーで50分を要したメコン川の横断は、車で約5分にまで短縮された。国際協力銀行は、同橋梁の架橋事業の所要資金として、ラオスに対して総額40億1,100万円、タイに対して総額40億7,900万円を限度とする円借款の貸付を行うことを決定し、ラオス、タイそれぞれと借款契約を取り交わした。同事業の円借款は、国際協力銀行として初の二国間に跨る広域インフラ整備に対する円借款である(JICAウェブサイトより)。

 その他、東西回廊の一部となるラオスのサワンナケートからベトナムまでのルートは、国際機関や日本政府の援助により改良工事が実施されており、一方タイ国内のルートについても国際協力銀行を通じた日本の援助により、改良工事が実施された。同回廊の整備により、域内発展や貿易量の増加といった経済効果が期待されている。


越境物流インフラ整備による経済効果

◆ 東西回廊整備による経済効果

(1)分散立地による輸送量の増加

 もともと1ヶ所で行われていた生産活動を複数の生産ブロックに分解し、それぞれの活動に適した立地条件のところに分散立地させることで、場合によっては全体の生産費用を削減することが可能となる。東西回廊が整備され、東西回廊を利用した物流がさらに活性化すれば、分散立地が可能となり、上述のように、場合によっては全体の生産費用削減に繋がるであろう。

(2)輸送時間の短縮による新たな投資の創出

 上述のように、第2メコン国際橋の開通により、タイのバンコクからベトナムのハノイまでの輸送時間は、海上輸送で2週間かかるのに対し、陸上輸送では3〜4日となった。輸送時間が短縮されれば、その短縮分だけ早く市場で貨物が取り引きされるため、その収益を新たな投資に回すことが可能となる。

(3)輸送キャパシティの増加による輸送費用の削減

 分散立地した生産ブロックの間を結ぶコストはサービス・リンク・コストと呼ばれ、同コストには輸送費用や電気通信費等が該当する。サービス・リンク・コストは、1ヶ所に立地していた場合には存在しなかったコストである。そのため、このサービス・リンク・コストが十分に低いかどうかが、全体の生産費用低下が可能かどうかに繋がる。物流インフラのキャパシティが、輸送単価に影響を与えることを考えると、越境物流インフラ整備により、このサービス・リンク・コストを削減することが可能となる。

◆ 便益評価

 同回廊の整備は、輸送量を増加させ、輸送時間の短縮による新たな投資を創出する。また、同回廊整備により、当該地域の産業や立地パターンが変化し、地域間連携や雇用機会の創出も期待できる。そして、輸送キャパシティの増加が輸送費用の削減に繋がるため、政策如何によっては、今後、陸路輸送である東西回廊の輸送費用を削減させることが可能となる。つまり、越境物流インフラ整備の効果は、輸送費用の変化や物流需要の変化を通じて、間接的に他の市場における財やサービスの価格や需要の変化にも影響を及ぼす。

 しかし、これら経済効果の便益評価を行うにあたっては注意が必要である。仮にメコン地域において経済活動が活発化し、当該地域で生産活動を行う企業の収入が増えたとしても、それは他の地域での生産活動の収入の減少をもたらしているかもしれない。ただし、地域経済の拡大が、地域企業に規模の経済を享受できるのであれば、生産費用の低下を通じて生産者余剰は増加する。

 上記のような経済波及効果があるほか、同回廊整備による物流需要の増加は、海上輸送から陸上輸送へのモーダルシフトをもたらし、車需要を増やすため、温暖化ガスや大気汚染といった外部費用を発生させる。便益評価の際には、こうした外部性も考慮する必要がある。

 さらに、メコン地域における東西回廊整備は、物流需要を変化させるが、波及効果が全て顕在化するまでにはかなりの時間を要する。同回廊整備直後の物流需要の増加はわずかであるが、今後、物流需要が大幅に増加する可能性もあり、便益評価を行うにあたっては、インフラ整備が行われた直後だけでなく、その後の長期に亘るデータをもとにした分析が必要である。


おわりに

 ラオスを中心とした国境を越える物流インフラ整備が進み、円滑な物流システムや施設を構築できれば、ラオス国内だけでなく、GMS、ASEAN、ひいては当該地域と貿易を行う国々にとっても極めて大きな経済効果をもたらすと考えられる。ただ、そうであるとは言え、不必要なインフラ投資は避けられるべきであり、物流インフラ整備の際には、その地域、国、周辺国の経済状況の変化や産業構造、貿易構造を把握する必要があり、それらを踏まえて分析やルート選択をすることが重要である(注7)

 インフラに対する投資は、しばしば民間投資の収益を増加させる。インフラへの投資が不適切であれば、成長が妨げられるとまではいかなくても、成長の深刻な減退がもたらされうる。同経済圏における物流インフラ整備による経済的距離の短縮や、民間を含めた投資資金の有効な投入が重要であると同時に、物流の広域インフラ整備と産業開発、制度改善といった環境整備を併せて行っていくことが必要である。これらすべてを一体的に進めていくことで、周辺地域の発展も期待できる。

 現在、ラオスでは陸上貨物輸送の急激な伸びが見られると同時に、FDIが増加傾向にある。特に、農業や天然資源開発におけるFDIが多いということがラオスにおける特徴となっている。これは、近年のGMSの枠組みの中で進められている物流インフラ整備による成果であると言え、引き続き物流インフラ整備を進めていくことで、内陸国ラオスにおいてもFDIの促進や経済発展が期待できることを意味している。周辺国におけるFDIによる産業集積と連携する形で、ラオスの製造業がGMSやASEANの工程間分業を担う形で発展する可能性も期待される。

表:部門別外国直接投資


 ラオスは、2020年までの国家の長期目標として、後発開発途上国からの脱却を掲げると同時に、主要政策として内陸国から Land Linked Country、すなわち国と国をつなぐ結節点としての国家への転換を掲げている。今後、ラオスが貨物の単なる通過国としてではなく、国と国をつなぐ結節点の国家として、メコン地域、ひいてはASEANの円滑な陸上貨物輸送を促進する役割を担っていくためには、メコン地域に生産の分業体制を敷くことが望ましい。工程間分業を行うことで、当該地域における物流インフラ整備が、内陸国であるラオスにも裨益をもたらせば、ラオス自身もハード、ソフト両面のインフラ整備に積極的に関与すると考えられる。

 しかし一方で、課題も残されている。越境手続きが煩雑であることは、物流インフラ整備による輸送量が伸び悩む原因のひとつとなっている。ソフト面のインフラ整備も併せて行うことで、メコン地域で整備が進む経済回廊の物流を活発化させ、輸送量を増加させることが可能となる。また、データの整備も必要である。国境を越える物流インフラ整備による経済効果がどれくらいのものか定量的に計ることができれば、メコン地域における越境物流インフラ整備による経済効果を図るひとつの分析方法として、政策決定の際の重要な判断材料となる。そして、越境インフラ整備や関税撤廃により域内統合が進むなかで、人身売買・密売のリスクの問題や、自国産業衰退の問題に対していかに政策を行っていくかが大きな課題である。

 ラオスに対するODAが最大である日本の視点に立てば、ラオスにおける産業の開発や物流インフラの整備を、日本の国益に繋がるように戦略的に行っていくことが求められる。GMS、ASEANに属する各国が共通の課題にそれぞれで取り組むのではなく、地域全体で政策協調するために、その調整の中核となる役割を日本が果たしていくことが今後の日本の対国際政策において極めて重要となる。

 本調査で取り上げた東西回廊上の第2メコン国際橋のほか、現在、タイ東北部ナコンパノムとラオス中部カムムアン県タケーク間に第3メコン国際橋が2011年の完成に向け建設されている。完成すれば、タイ側から同橋を利用し、ラオス経由でのベトナム向け陸上輸送の時間短縮化が見込まれる。さらに、産業集積の進むバンコク、ハノイ両都市間の陸上輸送キャパシティの増加が期待される。グローバル化が進む中、人口減少、少子高齢化社会にある日本が、今後、国際的なプレゼンスを高めていくためには、1955年から約20年間に亘る高度経済成長の経験を活かし、当該地域の手本となって舵取りをしていくことが期待される。

(注1)
後発開発途上国とは、国連開発政策委員会が認定した基準に基づき、国連経済社会理事会の審議を経て、国連総会の決議により認定された途上国の中でも特に開発の遅れた国々のことである。具体的には、1人あたりのGNIが750ドル未満、人口7,500万人以下等が後発開発途上国の基準となっており、アフリカやアジアを中心に世界で50ヶ国が後発開発途上国に認定されている(外務省ウェブサイトより)。
(注2)
2006年現在。ここで言う先進国は、日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、オーストラリア、スウェーデン(外務省ウェブサイトより)。
(注3)
近年、政治や経済、文化、青少年、観光といった幅広い分野で関係が急速に深まっている日本とメコン地域(カンボジア、タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス)との間で、更なる交流の拡大を実現するため、2008年1月に東京で開催された日メコン外相会議において、2009年を「日メコン交流年」とすることが合意された。
(注4)
シングル・ストップやシングル・ウィンドウの取り組みも進められている。
(注5)
第2メコン国際橋は東西回廊上にある。
(注6)
東西回廊全長1,450kmのうち、ミャンマーでの建設は、同国が軍事政権下にあることから進んでいない。ミャンマーを除くタイ、ラオス、ベトナムに東西回廊の約9割が所在する。
(注7)
インフラ整備にあたっては政治過程の十分な理解も必要である。