PEP
No. 2010-007

農業に企業を活用しよう

一橋大学 国際・公共政策大学院 公共経済プログラム  東福 須和子

 近年の日本の農業は、高度経済成長に伴い他産業との所得格差が顕著となり、第二次産業、第三次産業へ労働力が流出し、現在では担い手不足が深刻化している。また、担い手の高齢化も進行し、耕作放棄地の増加をまねき、世界的な農業自由化も加わり生産も減少し続けている。農業を主業とする基幹的農業従事者は、2009年は191万人で1960年の16.2%の水準であり、うち65歳以上が60.5%を占める。現在耕作が行われている経営耕地は減少傾向にあり、逆に耕作放棄地は増加傾向にあるため、耕作放棄地率は1985年に2.9%であったが2005年には9.7%に拡大している。高齢化と耕作放棄地率の関係を見ると、正の相関を示すことが確認できる(図表1参照)。農業生産は年々減少する一方で、輸入は上昇傾向にあり、2008年は農産物輸入額が過去最高水準に達し、日本は農産物純輸入国となっている。(農林水産省発表の最新統計データについては、農林水産基本データ集参照。)

 
図表1:耕作放棄地率と高齢化率の関係(1995-2005年、農業地域別)


 また、農産物をとりまく市場環境の変化も顕著であり、近年の農産物市場では差別化が広がっている。市場には、地域ブランド、プライベート・ブランドが数多く出回っており、高品質で高額なものから、節約志向に対応して原料調達から担いコスト削減により低価格で提供するものまで様々な差別化が行われている。この変化を消費者の食の志向で見てみると、人々の志向は多様化しており、同時に年齢、経済状況等の要因によって変動が大きい。度重なる表示偽造、異物混入事件等の影響で安全志向が高まるいっぽう、2008年9月の金融危機後は節約志向が強まっている。また年代別では、60歳代は健康、手作り、安全に関心が高く、若い世代ほど経済性志向が顕著である。(食の志向変化については、日本政策金融公庫の「平成21年度消費者動向調査」を参照。)

 以上のように日本の農業が問題に直面し、市場環境も変化するなか、新たな担い手として、企業の農業参入が注目され始めた。ビジネスの視点で新しい価値を見出す取組や、変化への対応の早さ等一般の家族経営や農業法人との違いを農業経営に生かす企業参入が重要であると指摘されるなど、日本の農業が弱体化した要因とそのなかでなぜ企業経営が必要とされたかについて議論が重ねられ、規制緩和の必要性が検討され、企業の参入を促進する契機となった規制緩和が行われた。規制緩和は主に三つあり、農業生産法人に対する条件緩和と、農地をリースして直接参入できる農業経営基盤促進法の改正、そして2009年6月の農地法改正である。このような規制緩和を経て、現在企業の農業参入形態は4タイプある。企業参入は増加傾向にあり、特定法人での参入は、2009年9月時点で414社(政府目標は2010年度末時点で500社参入)で、参入状況は自治体の取組によって差が見られる。(規制緩和の経緯、参入形態、参入状況については、Consulting Report 第2章を参照のこと。)

 そこで、早期に収益を望む企業が、農業生産を内部化し不確実な農産物市場に参入する際、リスクをどのように回避しているのか、受け入れる自治体と参入する企業はどのような取組を行っており、またどのような点が課題で、その課題をどのように克服しているかについて明らかにすべく、2009年2-3月に調査を行った。その結果、農業への企業参入に際しては、食品関連業との連携と公的支援が重要であるとの示唆を得た。

 まず自治体への調査は、企業参入を開始した時期が早く特定法人での参入が多い鹿児島県と、開始時期は遅いが参入件数が近年急速に増加している大分県を取り上げ、支援体制、参入状況等を比較した(図表2参照)。

図表2:鹿児島県と大分県の支援体制


 その結果、鹿児島県は法律別に担当部署が分かれており、県は入口の部分を担当し、その他参入準備、参入後の支援は、市町主導で行われていた。また、鹿児島県は農業が主幹産業であり、特定法人に加えて農業生産法人での参入も多くみられた。いっぽう大分県は、企業の農業参入を企業誘致として捉え、従来の縦割りの体制ではなく、県全体でプロジェクトを組んで対応していた。そのため、比較的大規模に取り組んでいる事例や県外からの参入がみられた。(詳しくは 筆者のConsulting Report第3章、「大分県の取組」を参照のこと。)

 次に、企業について、組織形態が株式会社である企業が農地利用型農業に参入している事例と、参入企業と契約を締結している食品製造業2社への調査を行い、業種別に取組内容を比較した。農業に参入している企業は、建設業3社、食品関連業3社、総合小売業2社、その他2社で、地域別では鹿児島県5社、大分県4社、千葉県1社である。(農業への参入事例については、Consulting Report 第4章を参照のこと。)調査結果より、参入した企業が食品関連業と関係を構築し、生産した農産物をどのような市場で取引しているかが重要であったため、先行研究を参考に(注1)、参入企業と食品関連業の関係を市場取引型、連携型、前方統合、後方統合に類型化し(図表3参照)、取組の特徴を分析した。

図表3:参入企業と食品関連業との関係


 調査を行った10社のうち、一般の個人経営と同様市場取引型のみで農産物を売買していたのは1社のみで、この企業はマーケティング戦略もなく赤字が続き厳しい状況であった。他は連携型、前方統合、後方統合のいずれか、もしくは複数の類型に属していた。

 販路が確定している参入企業が農業経営を取り込んで、多角化・差別化をはかっている後方統合の食品関連業、総合小売業からの参入は、撤退も少なく順調に推移していた。販路開拓の必要のないなかで、生産性向上やビジネスモデルの確立に取り組み、雇用創出、地域農業活性化に貢献していた。また、初期投資に際して公的支援を活用している企業は1社のみで、その他の企業は自己資金で対応していたことより、企業体力に不安がない企業が参入しているケースが多く、このことも撤退の少ない要因であると考えられる。

 次に、食品製造業と全量買取の契約生産を行って農業に参入している建設業からの参入事例では、契約によって販路が確定し、安定収益が見込めるとのことであった。建設業からの参入では撤退するケースが見られるが、このような食品関連業と契約を締結する連携型の参入は、撤退を回避するうえで有効な取組であると考えられる。また、地域で栽培される農産物が食品製造業に買い取られることで、地域の農業産出額上昇にも寄与していた。

 不確実性の大きい市場取引型に前方統合を組み合わせる取組では、農産物市場と製品市場の両方で取引を行うことによりリスクが分散でき、かつ両市場から情報が得られ、さらに通年での収益を確保できていた。市場取引型と連携型の組み合わせでは、農産物市場のみで取引をする不確実性を回避し、安定的な収益を得ていた。

 また、公的支援については、資金面での支援、制度、自治体の取組等も企業にとって有効であった。大分県のように食品製造業と事業締結し、農地集約をスムーズに行うことで、大規模経営が実現している事例も見られた。

 今まで日本の事例より、農業への企業参入に際しては、食品関連業との連携と公的支援が重要であるとの結果を示してきたが、他国ではどのような取組を行っているのか、中国における農業産業化政策について概観してみる。

 現在中国は、農村に過剰労働力をかかえ、都市部と農村の所得格差と農業の生産性の低さを原因とする三農問題が深刻となっている。また、高位所得層を中心に、食料の高級化、多様化が進み、市場環境も大きく変化してきている。このような三農問題、市場環境の変化に加えて、WTO加入による貿易自由化への対処として、企業を活用し農業生産・加工・流通の一貫体系を推進することで、農産品の付加価値や市場競争力を高め、農業・農村の振興を実現する農業産業化政策が進められている。この政策の中核を担うのは、生産・加工・流通を牽引する龍頭企業であり、中国政府は2001-05年の間に、国家級の龍頭企業を500社育成する方針を打ち出した。農業産業化政策は国策として2004年から毎年1号文件に提議され、また補完する政策として、農地を集約し大規模農業が実現できる農地利用権流動化を促進する対策も進められている。

 龍頭企業については、輸出を主業とする上海の食品会社と江蘇省のシルク産業の事例を調査した先行研究を精査した結果(注2)、中国は、市級、国家級の龍頭企業になるほど公的支援が得られ投資も行いやすいため、龍頭企業として積極的に農業生産を取り込むインセンティブと、大規模化するインセンティブが働いていると考えられる。同様に地方政府にも、龍頭企業の成功は、農業生産のみならず加工、流通への波及効果が期待でき、かつ雇用も確保できるというメリットがあるため、担当地域に龍頭企業を誘致し、農業生産向上、農地の有効活用を支援するインセンティブが存在する。そういったなかで、龍頭企業が成功する要因は、公的支援を活用して農地集約を進め、大規模化をはかっていくことと、輸出産業として競争に直面し技術革新を重ねることであると考えられる。これらが達成されると成長が実現でき、より多くの収益が得られることから、投資も増えさらに成長が加速すると想定できる。

 以上、日本と中国の事例結果をもとに、農業へ企業が参入する際に効果的である取組、ポイントを成功要因とみなし、図表4にまとめた。

図表4:農業への企業参入に際しての成功要因


 今回の調査結果より、企業は、情報を生産できリスク負担能力を持つ組織体として、農業にイノベーションをもたらし、市場リスクを担い生産者の収益安定に貢献する主体として機能をはたしていた。また、生産者と消費者間の情報の非対称性を補完する役割も担っていた。さらに、企業が参入することで、農地集約が促進され、地域の雇用創出にも貢献していた。そこで、参入企業にとって重要な役割を担っていた制度設計、融資等の公的支援を活用して、企業の農業参入を促進する政策が、農業を活性化するうえで有益であると考えられる。

 現政権は、2010年度より「未来を切り拓く6次産業創出総合対策」を新規に事業化し、輸出も視野に入れた総合対策を打ち出した。1次・2次・3次産業を一体化させる、もしくは関連させて総合的に活性化させる政策としては評価できるが、支援対象が農業サイド主導の前方統合に限定されているため、後方統合や契約栽培も含めてより広い分野で企業を活用する視点が欠けている内容となっている。

 そこで、まず「未来を切り拓く6次産業創出総合対策」を農業における成長戦略と位置付ける。そのうえで企業を、農産物市場の不確実性を引き受ける主体として、また生産者を安定させる主体として、さらに消費者情報や製品市場情報を持つ主体として、積極的に活用するという視点で、農業への企業参入を促進する政策が有効であると考える。多数を占める小規模経営や家族経営と差別化し、競争力のあるもしくは潜在的に競争力を備えている農作物、地域の形成のために、企業のもつ生産機能とイノベーション機能を積極的に取り入れることが重要であると考える。

 具体的には、退出戦略と組み合わせて農地集約を促進し、企業を始めとする大規模化を目指す競争力のある戦略的な主体へと支援が向かうような体制や、モデル地域やモデル事業を立ち上げ、企業が参入しやすい、参入しようとするインセンティブが働きやすい環境を整えることが重要であろう。また、農業分野の成長を目指す自治体は、企業が日本国内で安定した原料調達が行え、加工・流通を含めたビジネスモデルを確立できる環境、体制を整備し、農地や地域農作物に関する情報を積極的に発信することが重要であると考える。さらに、より戦略的で競争力のある自治体に財政支援が向かうような体制を構築することも重要で、自治体に企業を活用、誘致しようとするインセンティブが働き、かつ自治体間の競争が促進され、企業が参入しやすい環境が形成されていくと考えられる。

(注1)
青木昌彦・伊丹敬之(1985)『企業の経済学』岩波書店、生源寺眞一(2008)「第9章変わる市場環境・政策環境と戦略的経営行動」八木宏典編『与件大変動期における農業経営』 163-185頁 農林統計協会を参照した。
(注2)
村山貴規・木南莉莉(2005)「上海市周辺モデル野菜産地における輸出体制の現状−龍頭企業を事例に−」新大農研報 58(1), 17-27頁、菅沼圭輔(2008)「第3章 農業産業化における契約取引システムの特徴と問題点−江蘇省のシルク産業の事例分析」、池上彰英・寳劔久俊編『中国農村改革と農業産業化政策による農業生産構造の変容』 77-114頁 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所を参照した。