激動の時代だからこそ『公共』のマインドを



激動の時代だからこそ『公共』のマインドを
秋山院長
国際・公共政策大学院院長 秋山 信将

 いま、我々の社会は激動の中にあります。新型コロナウィルスのパンデミックは、2019年末以降、世界中で4億6千万人が感染し、600万人以上の犠牲者を出しています。また国際通貨基金(IMF)の見通しによれば国際経済の停滞により2020年から2025年までの6年間で3000兆円と見積もられています。テクノロジーの恩恵を受けて新しいコミュニケーションのあり方を模索し、少しはつながりを維持することはできましたが、一時は、人的交流もほぼ途絶え、大学でも新規の留学生を受け入れることができていませんでした。こうした困難に直面する中で、パンデミックを早く終息させるためには本来であれば国際協力の方が合理的です。にもかかわらず、各国間でマスクなど医療機材の奪い合いが起きたり、ワクチン供給を国家の影響力拡大の手段に使うなど、国家のエゴがむき出しになるところを我々は目撃しました。これだけグローバリゼーションが進んできたというのに、です。

また、国内に目を移せば、感染検査やロックダウンに伴う私権の制限やプライバシーの管理のあり方で、各国や人それぞれの考え方の違いが浮き彫りになりました。ワクチン接種も同様です。感染対策と経済活動のどちらを優先するのか、科学的・客観的なデータはどのように政策の遂行に貢献するのか、逆に科学的データを個人はどれくらい信用するのか、どのような価値が政策で重視されるのかは、研究者としては非常に興味深い、しかし政策担当者としては難しい問題です。

そして今年、国際社会では衝撃的な事案が発生しました。ウクライナに対するロシアの侵略です。プーチン大統領は核兵器の使用も辞さないとの姿勢を示し、ロシアによる攻撃は、住宅地や文化施設などに対しても行われ、子供たちを含む多くの民間人の死傷者を出しました。またチェルノブイリやザポリージャの原子力発電所を攻撃するなど、国際法や規範に反するような行為を行っています。ロシアによる侵略の理由については様々言われていますが、この戦争は、国際秩序と「平和」に関わる多くの問題を提起しています。

たとえば、こんな問いがあります。ロシアによる核の恫喝は、米国や欧州がウクライナの支援を躊躇する要因になっているのでしょうか(つまり核の恫喝は効いているのでしょうか)。経済制裁はロシアの行動を変えるのか、経済は破綻するのか。国際社会が目指してきた、法やルールによる平和は達成不可能なのでしょうか、それともやはり国際社会というのは結局力が支配する世界なのでしょうか。また、この戦争の結果、欧州のエネルギー供給が大きな影響を受け、気候変動問題への対応として加速が期待されてきた脱二酸化炭素の動きはどうなるのか。

人道危機、核戦争の危機、気候変動の危機、そして経済危機という複合的な危機という課題に我々の社会は直面しています。問題の本質を理解するためには、国際社会の平和について常に考え続けてきた国際政治学、国際法のみならず、歴史、外交、経済そして思想など、あらゆる知見を動員してそれを解明し、平和と安定のための処方箋を見出す必要があります。

残念なことですが、国際社会から自治体レベルに至るまで、あらゆるレベルのコミュニティで日々問題が発生しています。老朽化するインフラの更新、到来した少子高齢化社会における持続可能な社会保障のあり方、経済格差の問題、衰退する地方都市における魅力ある街づくりなど、多くの深刻な問題が解決策を待っています。

これらの問題は、経済、行政、安全保障、環境、人権、様々な問題が複合的に絡まりあった問題ばかりです。コミュニティとしての取り組み、多様な背景を持つ人々の間の協力がなければ解決できません。我々がよく生きるためには、個の充実とともに、コミュニティ全体を充実させることが欠かせないのです。そして、そのために実施されるのが公共政策です。

一橋大学国際・公共政策大学院は、法律学・行政学、国際関係、経済学のいずれかの専門領域の分析方法を習得し、国家・市場・市民社会等多様な立場から、公共の福祉に貢献し、あるいは公共政策の立案・実施にあたるプロフェッショナルな人材の育成を目指しています。

私は、そのような人材には、以下の4つの要素が備わっていてほしいと感じています。

第一に「公共」の精神です。公共とは、「私」に対比する概念、あるいは「公的セクター」を意味するものではありません。むしろ個々の「私」がよりよい生活を送ることを目的とし、コミュニティ全体の共通利益を追求するサービスが提供されるべき開かれた空間です。個々人が幸福を追求することを可能にするために、高い倫理性をもってコミュニティの共通利益を追求するためのサービス精神が求められます。

第二に、難しい問題に取り組み解決するための「知的基礎体力」と「スキル」です。本大学院では、公共政策研究の最新の成果を実務へと架橋し、また実務での問題を教育へと反映させることで実践的な問題解決のスキルを身に着けてもらうためのカリキュラムを用意しています。ただの知識は、国内外の社会情勢やニーズの変動の中ですぐに陳腐化してしまいます。そのような表層的知識ではなく、変化の中でも、問題の本質を鋭くとらえ、変化に適応し、情報を適切に処理し、活用しながらよりよい解決策を導いていくための理論的基礎と思考能力、つまり「知的基礎体力」を獲得してほしいと考えています。

第三に、「国際性」です。今日、日本国内においても多くの課題が国際的側面を持っていますし、我々の日々の生活が国際化していることを感じないことはありません。どのようなコミュニティであっても公共政策に関与する人は、多元的な価値観、多様な考え方を常に想定しておく必要があります。本大学院では、多くの科目が英語で開講されており、アジア諸国をはじめとして多くの国から留学生が来ています。また英国のケンブリッジ大学やベルギーのルーヴェン・カトリック大学など協定校への留学の機会もあります。このような環境の中に身を置くことで多元的・多面的思考の習慣を獲得してほしいと思います。

第四に、「協働」のスピリットです。どんな政策でも、一人の力だけで立案・実施することは不可能です。背反する利害を抱えていたり、考え方が異なっている人々の間でいかに共通の解を導き出すのかは、政策の現場において常に直面する課題です。そのような場面で自分はどのように行動すべきか、おそらく、本大学院の少人数のゼミ形式やプロジェクト形式の授業における議論や意見交換を通じて学べることも多くあります。

私は、一橋大学国際・公共政策大学院が、意欲のある皆さんが公共政策を担うにふさわしい力を獲得するために、皆さんと協力し、また皆さんの努力をサポートし、そして一緒になってその成功を喜ぶところでありたいと思っています。ここにあるものは、教員も含め皆さんが勉学をする上で活用すべき資源です。ぜひ積極的にためらうことなく活用してください。

皆さんと一緒に切磋琢磨して、一緒に成長していけたらと思います。

 

2022年4月